囲女~婀娜ざくろ~ 其の四-



幸せだった時代ほど、狂おしいほど色鮮やかに褪せない思い出とし咲き誇る。
例えどんな未来に繋がっていようとも、あの頃は確かに幸せだった――。



囲 女~婀 娜 ざ く ろ~
-其の四-



色街を見下ろす小高い丘の上にある、白く敷き詰められたシロツメクサの野原。
まるで地平線の彼方にまで続くかのように広い其処は、幼い二人にとっては神聖な場所であった。
「お兄ちゃん!」
さんさんと降る陽の光りの中、それに反射して銀に煌く白い着物を翻しながらシドが、足首まで生い茂る草ををかき分けて小走りで駆け寄ってくる。
シドと同じ動きやすい生地で作られた紺地の着物を着て、緑の絨毯の中で寝っ転がっていたバドは、弟の呼ぶ声を聞き届け、身体を起こし上げた。
淡く緑に煌く銀髪に、寝転んだ時に付いたと思われる小さな草を振り落とすように、二~三度軽く頭を振り、そちらを振り返った。
「どうした?シド?」
自然と笑みを零しながら、バドはそう問いかけた。
「はい!」
バドと比べて幾分か幼くあどけない笑顔でシド隣に腰をかけ、シロツメクサで編んだ花冠を兄の頭に載せた。
兄の頭に花冠を載せたシドは更に嬉しそうに微笑んで、袖をたくし上げて腕に引っ掛けていたもう一つの花冠を自分の頭の上に載せた。
「あのね・・・。」
兄の耳元に顔を寄せ、その口元に手を当てて、啄ばむように言葉を紡ぐ。
「大きくなったら、お兄ちゃんのお嫁さんになりたいの。」
さわさわと吹き抜ける風に、細かい草々と共に小さく咲き乱れている白い花が数個、柔らかい気流の中に乗り、舞い上がっていく。


どす黒い欲望が渦巻く、この場所で生まれ育った二人にとっては、互いが互いの遊び相手であり、信頼の置ける唯一の存在だった。

何時だったか、堅気の暮らしを営む同年代の少年達に、親の商売の事でからかわれた時。
子供心に親のしている事は理解していたし、特に跡取りであるバドは主の父親から特に良く聞かされていたのでそれについては何の反論も仕様がなかった。
ただシドは、その心無い言葉にいたく傷付き、ただ黙ってポロポロと涙を零していた。
俺や、親の商売のことについて言われるなら未だいい。
だが、彼等の心ない言葉にシドが傷つけられ、泣かされた事が悔しくて、ムカついて。
バドはその少年達を返り討ちにしてやった。
その帰り道、俯いて手の甲で涙を拭いながら歩く弟の手を引きながら、彼は心に誓ったのだった。

何者であろうとシドを傷つけるものは許さない。
シドは俺が守る――。


「シド、目をつむって・・・。」
きょとんと、その言葉の意味を飲み込めていないかのようにシドはバドを見つめていたが、すぐにこくんと頷いて言われたとおりに目を閉じた。
柔らかく温かい弟の頬に手を添えて、バドはシドの顔を上向かせ、わずかに開かれた唇に自らの唇を重ね合わせていった。
そよそよと風が、二人を優しく包みこむかのようにそよいでいく。
「お兄・・・ちゃん?」
バドの唇が離れた瞬間、シドは兄の手が触れられている頬と、そして今しがた触れられた唇が熱くなっていくのを感じていた。
今まで、頬や額に口付けをされる事はあったが、唇に触れられたのは初めてのことだった。
「シド・・・。」
ぼんやりと熱に浮かされたように潤んだ瞳で見上げてくるシドを、バドは抱きしめようと手を伸ばした。
その瞬間、二人の頭に載せられていた花冠が静かに地面へ滑り落ちる。
「約束しろよ?」
俺の傍をずっと離れないと――・・・。

抱きしめていた腕に込められていく力と心地良い体温と、囁かれた言葉を肯定するように、シドもまた兄の背にぎゅっと手を回していく。


“大好きだよ・・・。”

“ずっと一緒にいようね・・・・・。”


あの日にたてた誓いの上に交わした約束。

ただ素直に相手を想い合えたあの日々。


しかし年月は、この幸せな関係を少しずつ蝕む為に無常にも流れていく事を、幼い彼等は知る由も無かった――。




続く




戻りますか?