囲女~婀娜ざくろ~ 其の六-



二つに分かれた分岐点。
お互いの気持ちを偽り続けている以上、違う道筋を選んでも、きっと彼等にとっては何も変わることは無い運命が待ち受けているであろう――。


囲 女~婀 娜 ざ く ろ~

-其 の 六-


「あっ・・・あぁ・・・っ!」
喪服を剥かれ、一糸纏わぬ裸体となって敷布に横たわるシドの上に圧し掛かってくる、醜くたるんだ肉の塊。
脂ぎった手が身体中を這い回り、ぬめる舌先で舐め回され続ける生理的嫌悪を感じながらも、それでもシドはあくまでも艶っぽく鳴き続けている。
例え相手を映さずに、閨と化した自室の天上を見上げる瞳が虚ろであっても。


数時間前。
彼等の両親が無言のまま帰宅したのは、夜遅くの事だった。
しめやかに葬儀が執り行われる中、早すぎる家督の相続に、当事者のバドは勿論、関係者達も戸惑いを隠しきれずにいた。
亡くなった父親は、敏腕でありながらも、人望もあったため、この一帯の同業者達とも上手く付き合っていけていた。
しかし、親が築いた人望と良関係が、そのまま息子には受け継がれる訳ではない。 古くから付き合いのある金貸しや援助をしている資産家達も、息子とはいえ自分達よりも二周り・・・もしくはそれ以上の若造に使われる事を良しとしない者も居る。
その中の一人が、弔いの席で兄の傍らに寄り添うようにして座っている双子の弟の存在に目を留めた者が居た。
父親と古くから親交のあった、資産家の主だった。
彼は、一人になった時を見計らい、シドに言い寄って来た。

バドが嫡位に着くのが気に喰わないものがいる。
だが、シドの出方次第で、反対派を自分が上手く取りまとめてやろう。

その取引にシドはにべも無く応じ、他の弔問客が捌けて行く時間に乗じ、この男を自室へと連れ込んだのだった――。

しっとりと汗を滲ませて、恍惚に浮かされた表情で瞳を閉じているシドを見下ろしている男は、満足そうに顔を歪めて次の淫猥な要求を言付けた。
胡坐をかくその男の中心部に顔を埋め、猛り返っている自身を躊躇いつつも口に含み奉仕してやる。
黙って従うシドの瞳からは、嫌悪感からか涙が溜まり、その美しく整った顔が苦しさに歪められていく様に、男は見る見るうちに登り詰めていく。
「っ・・・んぐ・・・っ・・」
勢い良く迸った白い汚濁が口内へと解放され避けようとするシドだったが、男の手はそれを阻止せんがために、がっしりと頭を押さえつけた。
「う・・ぐぅ・・・!うぇっ・・・」
否応無く、放出されたそれを飲み込む羽目となったシドは、無理矢理喉の奥に流し込んでいくが、男の手が離れたと同時に、飲みきれなかった残濁は、耐え切れずにボダボタと敷布の上に吐き出される。
ゲホゲホと咽ているシドの様子に、男はやや顔をしかめたが、しばらくして身支度を整えてから退出する際に、こう言い残した。

これからもまた、通ってくることになる。
私の仲間達にも声をかけて来るよ・・・。

その言葉に、シドは妖艶な微笑を作り、いつでもどうぞ・・・とだけ答えた。


「・・・・・。」
ズルズルと身体を引きずり、床に散らばる衣服を身に着けて洗面所へと向かう。
一刻も早く、口内に残る不快感を消してしまいたかった。

兄を想いながら耽った自慰行為の後。
自らもその道へと入っていてしまえばいいと極論な結論に達した。

想いを打ち明けられないならば、せめて身体だけでも良いと・・・。
もうなりふり構ってなどいられないことに気が付いたから。

その旨を伝えようとした矢先に齎された両親の死。
そして幸か不幸か降って湧いてきた偶然の誘い。
ただ、自分はそれに乗っただけだ。
行き場の無い想いと、やり場の無い嫉妬。
後悔しているのかしていないのか、それすらも判らない・・・。

口を濯いだついでに、バシャバシャと顔も洗い、ふと見上げた鏡の中にシドは愕然とした。
「あ・・・に上?」
激しい怒りに満ちたような視線を鏡越しから送りつけてくる兄に、シドは恐る恐る振り返った。
「どう、したのですか・・・?」
喪服姿のまま、黙って立ったまま睨みつけてくるバドの突き刺さる視線に曝されて、先ほどまで感じてもいなかった後ろめたさが突如シドの心に湧き上がる。
震えだす声で訊ねても、バドはそれには答えずに、不意にシドの腕を強く掴んで引っ張って行く。
「痛っ・・・!ちょ・・・、兄上っ!?」
洗面所から抜け出して、辿り着いたのはシドの部屋。
バドが戸に手をかけた瞬間、シドは顔を青ざめさせた。
「・・・っ!?止めてくださいっ!」
しかし訴え空しく、一瞬早くバドの手がガラガラと戸を引いていく。
「っ・・・!」
耐え切れずに部屋から目を逸らすシド。
捕まれた手を振りほどこうとするが、バドの手はビクともせずに、シドの手首に縄の様に食い込んでいる。
バドの目線は、シドの敷布の上に吐き出された汚濁の残骸に向けられていた。
その横顔は、研ぎ澄まされた刃の様に冷たく、無表情だった。

葬儀が終わった後、急にシドの姿が見えなくなったのを不審に思ったバドは、彼を探していた。
しかし全ての弔問客が捌けても見つからないので、先に自室に引き上げたのだと思い、自分もまた自室に戻ろうと階段を上って行ったのだった。
「・・・?」
軋む階段を上がって、そろそろ自室とシドの部屋にある階に辿り着こうとした時だった。
弟の部屋から、何やら押し殺した嬌声と、荒い息と僅かなうめき声が聞こえて来たのだ。
「!?」
まさかと思い、気づかれないようにシドの部屋の前へ行き、うっすらと戸を開けると・・・。

そこには。
父と親交があり、面識のある男の股間に顔を埋め、白い裸体を曝しながらそれを銜え込んでいる最愛の弟の姿だった――。

すー・・・っと、血の気が引いていくのが判った。
しばし立ちすくんでいたが、否応無く響いてくる淫音と、それに合わせて聞こえて来るシドのくぐもった喘ぎ声から逃れるため、自室へと駆け込んでいった。
しばらくしてから、男が帰る気配を感じて、そっと戸を開けると、洗面所へと向かうシドの後をつけて行き、そして今に至っている。


「どういう・・・事なんだ?シド・・・。」
正面へ向かい合わせて、両肩に爪が食い込むほど強くつかみあげてシドの身体を揺さ振りながら、努めて冷静な声で問い詰める。
不可抗力の末に及ばれた行為ならば、まだ救われていたのだ。
シドにとっても自分にとっても。
禁忌と言える感情を弟に持ってしまった今、それを伝えられない変わりに、兄弟としての絆を残したままで、人並みに幸せを築いて欲しいと願っていたのだ。
それがまさかこんな事に・・・。

掻き乱されて行く感情の中、それを表に出さないように、シドからの答えを待つバド。
だが、シドはバドの目を見ようとはせずに、どこか自嘲的に口元を綻ばせながら、決定的な裏切りの一言を吐いた。


「私が・・・、自ら望んだことです・・・。」




続く



戻ります。