もう、幾日が経過したのか――?
いや、もしかしたら数分、あるいは数日しかたっていないのかも知れない。
この目に映るものは、何の色もなさない景色。
耳に届くのは意味の無い雑音。
光も闇も無い、ただ灰色の世界の中で、繰り返されるそれは現実か、それとも悪夢なのか――・・・?
囲 女~婀 娜 ざ く ろ~
- 其 の 九 -
「あぁ・・・・、何て善いのだ・・・っ!」
「全くだよ・・・っ、うぉ・・・ぉおっ!」
「ん・・・ふぅ・・・んぐっ!!」
新たな閨の場となった、ある館で行われる淫宴。
そこには三匹の野獣に身体を弄ばれる一羽の哀れな鳥。
清かな白い身体は、主となった男に後ろから貫かれながら膝の上に乗せられて、大きく開かされた口にはもう一人の男のモノをくわえ込まされ、そしてその向かいに立つ男のモノを綺麗な白い手に絡みつけられて。
「う・・・・ぐぅ・・・うぇ・・・っ!」
揺さ振られ続けながら、シド自身が膨張を増すと共に、突き入れて突き上げる主の男のモノを、内部がぎゅっと締め付ける。
口の中で固く大きくなっていくモノは、シドの喉の奥まで抉り、先端からこぼれる先走りの液が彼の口内を浸食していく。
息苦しさに吐き出そうとするも、後ろから突き入れられながら両脚を抱えられ、後頭部をがっしりと押さえつけられ、片手は容赦なく動かすように男の手に奪われて――。
穢れた野獣に囲われて汚されていく白い華人の下に敷かれるのは、白い毛足の長い絨毯。
そして高い天井に設置されているのは、申し訳程度についている小さな天窓。
そこから僅かに差し込む朝と夜とも付かぬ日の光は、罪を贖う為にまた別の罪に堕ちた淫らな業人を、哀れむかの如く照らし出していた。
シドを身請ける事となった顔なじみのこの年老いた主は、日ごと夜毎彼の白い裸体を求め、そして溺れるように抱き続けた。
そしてシドもまた、それを厭うでもなくその性戯を受け入れていた。
それは、この男を愛したとか、そんな感情ではなく、心底愛した人間を一時でも良いから忘れてしまいたいがため。
気持ちを伝える間も無く、勝手に引き離した彼の人を恨む事も出来ずに、ただ募っていく想いを一瞬でも良いから心から追い出したいがため――。
そのためだったらどんな事でも私は――。
兄上。
兄様――。
バド――・・・・・。
一瞬、焼ききれそうになる脳裏の中で、朧に彼の人の面影が過ぎろうとした時、獣達は低いうめき声を上げて、それぞれシドの内部、口内、身体へと汚濁をぶちまける。
そしてシド自身も、自らの快楽を訴える嬌声をあげながら、迸る白濁を放出しながら意識を混沌の中に沈めていった――・・・。
沈んでいた意識が、浮上して覚醒する間の泡沫のまどろみの中、脳内に浮ぶのはあの頃の情景。
“ずっと一緒だよ――。”
白い庭園で、誓った幼い約束。
“主と奴隷の関係だ――!!”
いつしか軋みだして行った、兄への倒錯した感情が齎した決断。
それでも傍にいたかっただけの願いはやがて無残に散らされて・・・。
“お前の身請けを、受け入れた――・・・・。”
ようやく目を覚まして、身を起こし辺りを見回しても、ここは兄と暮らすあの館ではない事を再認識し、何時も絶望に苛まされる。
自分を抱いていた男達(二人は主である男の知り合いらしい)はここには居らず、どうやら応接室かどこかに移動したらしい。
一応、シドの与えられた部屋は間取的には充分な広さがあり、贅を尽くした高価なものが溢れており、更には浴室や厠が備え付けられている。
しかし屋敷の中を自由に歩けるという訳ではなく、部屋の出入り口は何時も外側からかけられ、その鍵は男が所有していた。
だが、そんな整えられた部屋の中に彼の欲する物・気に入る物などはあるはずも無かった。
欲しいものは唯一つだけ――。
「いっそ、目が潰れてしまえば良いのにな・・・。」
そう一人ごち、自嘲的な笑みを漏らす彼の瞳の中の雨は決して止む事を知らないように潤み続けていた――。
「―――。」
「・・・・・!」
とりあえず、情事の痕跡を物語る裸体の不浄を流そうと、脱ぎ捨ててあった肌着を身にまとって浴室に行こうとするシドの耳に、なにやらボソボソと話し声が聞こえてきた。
「?」
どこから聞こえるかと周りを見渡してみると、いつもならぴっちりとしまってあるはずの入り口のドアが数ミリほど開いていた。
この状況ならば、逃げ出す事は出来るかもしれないが、そんなことをしても戻れるわけも無い。
煩わしい感情を覚えつつ、その扉を閉めようと向いだすシドの耳に、来客中であるうちの一人の言葉が飛び込んできた。
「しかし、よくあそこまで手懐けたもんだな。」
「あぁ、全くだ。下手な女郎よりもずっと綺麗な高嶺の花を、まさかこんな場所で抱けるとはな。」
「おいおい、こんな場所で悪かったな。」
ははははと、高笑う声が薄い壁と狭い廊下を通して聞こえ、シドの胸の中に巣食う、癒えきれない傷はまたつきんと痛みを訴える。
「だがな・・・、ここまであの子を育て上げたのはわしではないよ。」
「?」
その言葉の意図する真意に判りかねたシドは、きびすを返そうとした足をピタリと止めてその場に静止する。
「?どういう意味だ??」
仲間の男達も同様に、事の真意を確かめんがために問い返すと、男は一瞬下卑た笑いを見せて、一呼吸置いてこう言った。
「あの子を調教したのは、あの若造・・・あの子の兄貴の方だ。」
「!?」
そっと聞き耳を立てていたシドの瞳が大きく見開かれたと同時、ゲストである男達からも動揺の声があがる。
「お・・・、おいおい・・・。何かの冗談か?」
「そうだとも。いくらあの子が女郎で、あの若造が楼主だとしても、奴とは血の繋がった・・・しかも双子の兄弟ではないか!」
にわかに信じがたい話に異を唱える友人達を一笑に伏し、男は更にシドの心を踏みにじってる独白を進めていく。
「それが本当のことなのさ・・・。いやぁ、わしも驚いたよ・・・。奴等の両親の葬儀の跡に、あの小憎らしい若造が、実の弟であるあの子に無体を働いていたなどと・・・。」
くっくっと、喉の奥で笑いながら語る男の真相に、シドは身動き一つ出来ず、ただぶるぶると震えながら聞いていた。
そして明るみになっていく真実。
先代である自分達の両親がこの世を去り後を継いだバドに対し、未だ疎ましく思っているこの男は、あの晩引き返した後戻ってきて、偶然にも彼等の禁忌を目撃した事。
それがいつかバドに対する切り札となると悟り、シドの身請けを進めようと画策していた事。
そう・・・。
全てはこの男の卑劣な企みだったのだ。
「まぁ、しかし・・・。ただそれだけの為に、わしはあの子を身請けた訳ではないけどな・・・。実の弟を生贄にして客を取らせるなどとするなど、人間としての道理ではない。」
「た、確かに。」
「その上、自らの性の捌け口に弟を蹂躙する様をわしはしかとこの目で見た。そんな鬼畜同然の男の傍にあの子を置いておけるはずも無かろうて・・・。わしは近々あの館の援助を打ち切るつもりで居るのだが。」
「あの若造めが・・・、わし等を散々見下しおってからに、自分は畜生極まりない・・・・!!」
「全く持って同感だな・・。残ったあの館の女郎どもは、それぞれそれ相応の部屋にでも売り飛ばすが宜しい。人間の皮を被ったおぞましい獣の主を持つ女郎達なぞ家畜同然だ。あの若造にはよい制裁となるじゃろうて・・・。」
「じゃぁ、決まりだな。詳細は追って連絡する。それまでこの事を口外なされませぬよう・・・。」
密談をこしらえた三人が互いに頷き会う中、シドは力の入らない手で扉を閉め、その場に膝から崩れ落ちた。
自分は・・・、兄上を陥れる為の人質に捕らえられたのだ――。
想いを封じてまで、それが兄の望みであるならと受け入れた命も、結局は彼の人を破滅に向わせる為の道具でしかないのだと――!
「許せない――・・・。」
項垂れたまま、両肩を抱き込むようにして蹲るシドの虚ろになった夕日色の瞳は、禍々しいほどに赤く染まる朝焼けの空の色を帯びつつあった。
見事な満月の下部が朧の雲に隠されるその夜、男は僅かにほくそ笑みながらシドの元へと向っていた。
弟の身請けを引き受けたと言った、あの日のバドの打ちのめされた表情を思い出しながら。
奴も哀れな者だ・・・。
血の繋がった弟を女郎に仕立て上げただけならば、自分が身請け話を持ちかけたときに、あのような顔はするまい。
あの子が、ただの肉欲のはけ口として利用するだけの存在ならば躊躇う事もあるまい・・・。
馬鹿な男だ・・・。
どうせ、精神的な繋がりを求める事が出来ない代わりに、肉体だけ繋げてでも傍に置きたかったのだろうがそんなものは何の意味も無いのだ。
だが、お前は大切な者を引き換えにしても守ろうとしたそれらは、所詮わしの手の中にある砂の城にしか過ぎんのだよ。
全てを奪われて、絶望しきったあの若造の間抜けな姿、今から想像するだけでもぞくぞくするわ――!!
「シド・・・入るよ・・・。」
にまにまと下品な笑みを浮かべたまま、がちゃり・・・と取っての鍵穴に鍵を差し込み入れ取っ手を回して扉を開ける。
「おっと・・・?」
すると突然、自らの身体の中に飛び込んできた柔らかい弾力に思わず何事かと僅かによろけながら確かめると、既に帯紐を解き、朱色の着物の合わせをはだけたまま男の胸に飛び込んできたシドだった。
「旦那様・・・。」
しなやかに身をくねらせて、潤んだ瞳で上目遣いに見上げてくる。
いつもなら、敷かれた敷布の上に横座りで佇む、ひっそりと咲く儚い百合の様な雰囲気とは相反し、今宵は妖艶な色香を放ちながら擦り寄ってくるシドに、男は既に欲情を覚え始めていた。
案の定、我慢できなくなった男は、いつもなら丁重に鍵をかけるはずの扉もこの時ばかりは頭から抜け落ち、欲望の赴くままに行為に及ぼうと、その場で白い身を押し倒した。
首筋に顔を埋められながら、僅かに隙間が開く扉を横目でちらりと確認したシドは、すぐ傍に脱ぎ捨ててあった己の帯締めを静かに手繰り寄せていく。
いつも通りに身体中を這い回る舌先に身を僅かに捩り声をあげながら、するりと柔らかい帯紐を男の首にかけそして。
「ん?・・・うぉっ!?」
正面から強く紐を掴み左右に一気に締め上げた。
「ぐぉ・・・うぉっ・・・!??」
喉元に食い込む柔らかい罪状の紐が容赦なく食い込んでくる。
どこにこんな力があったというのか、一向に緩まずどんどんと酸素が失われていく死の恐怖に男は顔を引きつらせる。
「な・・・な、ぜ・・・・?」
酸素を求めて喘ぐ口元からは、だらだらと涎が噴出してシドの身体の上に落ちてくるが、それでも手は緩めない。
死に物狂いで抵抗を示す男の急所を蹴り上げて、痛みに呻く一瞬の隙をつき、体勢をひっくり返した。
思い通りになどさせない・・・!
私の彼の人を、貴様の思い通りになど――!!
出来るだけ体重を掛けて、できる限りの抵抗を封じ込め、処刑を遂行していく。
顔色を青白く変色させ、絶命していくこの男に一欠けらの慈悲も与えず、怒りと殺意をひたすら込めて。
「この・・・・っ、豚がぁっ!」
シドのその一言が、黄泉の国の検問を通過証となったのか、やがてぴくぴくと痙攣しながら助けを請う為に指し伸ばされていた手が、がくりと力なく落ち、完全に男は息絶えたのだった。
ゆっくりと屍と化していく男の首を、二分・三分と尚も絞め続け、ようやく手を離したシドは、その身体から腰で這うように降り、力が抜けていく自らの身を叱咤し、四つに這ったまま向かいにある応接室へと向う。
廊下とは名ばかりの、板一畳分隔てた場所にある応接間の扉の取っ手に掴まりようやく立ち上がり、そのまま開く。
焦る心ばかりが先走り、灯りも点けず、中央にあるテーブルの上を手探りで捜していると、一寸して目当ての物の存在を探り当てた。
引っ手繰るように手に取り、カシャカシャと上下に降り、その音がマッチ棒の箱である事を確認すると、震えるその手で一本取り出し火をつけようとするも、ふと開けっ放しの扉から向かいの自室だった場所へ目を向ける。
「・・・・・・・・・。」
そして、一時考え込んだ後に、先ほどの処刑場へと引き返していった。
別にこの男と心中に見せかけるわけでは無い。
ただ、この部屋に敷かれているこの白い長い毛足の絨毯が、あの思い出の場所を想定させる、ただそれだけのことだ。
彼の人の元にも、あの日の約束にも戻れない、堕ちるところまで堕ちた自分。
だから・・・、最後の悪足掻きかもしれないけども・・・。
いつの間にか震えが止まったその手は、驚くほど冷静に自らの終幕の火を灯す。
しゅっと一擦りした小さな火の色に、しばし魅せられる緋色の瞳。
その瞳が長い睫毛と共に伏せられ、白い綺麗な長い指が灯されたマッチ棒をそっと離す。
「さよなら・・・・・。」
呟きと共にポトリと絨毯の上に落ちた火はやがて、長い毛足に吸い込まれ、大きな紅蓮の焔と化す。
その燃え上がろうとする炎の中、シドはゆっくりとそこに身を横たえて静かに目を閉じていった――・・・。
続く。
戻ります。
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