奇子 ~其の壱~
産まれたときからずっとこの狭い“檻”の中で育った。
狭く薄暗い、重々しい雰囲気の部屋。小さく高い場所にある天窓、粗末なベッド、錆びた燭台の上に灯るちびた蝋燭、
小さなテーブルと椅子、そしてそこに置かれているのは古ぼけた数冊の本と、“バド”と名前の刻まれた刃の丸まった短刀・・・。
それが自分の名前・・・なんだと思う。だが、彼は産まれてこの方、誰にも名前を呼んでもらったことは無かった。
ここを訪れる人間は決まっていた。食事を運ぶ者、掃除をしにくる者、洗濯物を持って行き、洗った物をここへ持って来る者・・・。だが、いずれとして彼らは、ここに彼が存在しないかのように目の前を素通りしていく。
部屋を塞ぐ重い扉・・・。
物心がついた頃から、外に出たい、自分以外の誰かに会いたいという気持ちに駆られ、開けてみようと試みた。。
だが、扉はビクともせず、暗闇が室内を侵食していく刻、不意に恐ろしさが心を満たし、取り憑かれたかのようにドンドンと一晩中叩き続けた。
『出して!ここから出してよぉぉっ!!』
だが、いくら半狂乱になって叫んでも、誰もそれに応える人間は居なかった。
血が出るほど叩き付けた小さな拳、嗄れ果てた声と乾ききった涙。
一体ここはどこで、何故俺はこんな所に一人で居なきゃならないのか――?
長い間持ち続けた疑問は、ある日を境に憎しみへと燃え上がることになる・・・。
―真夜中―
その日は月が出ていたのか、いつもより明るい光が、小さな窓から零れ落ちる夜で、少し眩しさを感じ目が覚めた。
そのまままどろみの中に身を沈め、うとうとしかけたとき、外からボソボソと話し声が聞こえた。
初めて聞く人の話す声に、彼は思わず聞き耳を立てた。
「ここに閉じ込められている坊ちゃんは・・・もう十三になるのか・・・。」
「あぁ・・・確かにそのくらいの年だよなぁ・・・。」
それは、俺のことなのか――?
「だが、酷いことだよなぁ・・・。掟だか何だか知らないが、双子に生まれたってだけで、一生ここで飼い殺されるなんて。」
どくん!
心臓が跳ね上がったのではないかという位、鼓動が打ち付けているのが判った。
俺は・・・双子だった――?
では、その双子のもう一人は一体――?
「弟のシド坊ちゃんは、ご両親の愛情を独り占めして、何不自由ない暮らしをしていると言うのに・・・。」
「貴族って奴は頭がイカれているんじゃないのか?」
話し声が段々と遠ざかっていく。だが、そんなことは彼にとってはどうでも良いことだった。
ふと飛び起き、テーブルの上に置かれているナイフを手に取り、月明かりに晒して見る。
“バド”
それと対なる名前を持つ双子の弟“シド”
心の底から何かがふつふつと煮えたぎる。
「・・・っ・・・っぁぁあああああーーーっ!!!」
解き放たれた、感情。叫びだされる声。
「うぁあっ!!・・っぁあっ!!」
ドンッ!・・・ドンッ!!
力強く壁を叩き続ける彼―バド―。幼き頃に開かずの扉を開けようとして、拳を傷つくまで打ち付けた時に
味わったあの時の絶望とは違う感情。
それは・・・憎しみと呼ばれるものだった・・・。
「ゆる・・・さ・・ないっ!!」
絞られるように出された声。
自分と同じ顔を持つ、まだ見ぬ双子の弟への激しい怒りと憎しみ。
八つ裂きにしてやりたい衝動に駆られる。
俺という存在を差し置いて―――!!
「殺してやる・・・。」
最後の力を込めて、思い切り拳を床に叩きつけた。その衝撃ですでに血を噴出していた拳は限界を向かえて、傷が開きどくどくと鮮血が流れ出る。
「お前は俺が殺してやる!!」
薄暗い闇の“檻”に鮮血だけが鮮やかに浮かび上がる中、バドの声のみが響き渡った――。
つづく
戻られますか?
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