奇子~其の弐~
彼がこの場所に辿り着いたのは、本当に偶然と言う名の運命の悪戯だった。
アスガルドでも一、二を争う名門の家に生まれたシドは何の不自由の無い生活を送っていた。
優しい父と母と、多すぎるくらいの使用人、寝る場所にも食べる場所にも困ることなく、成長していった。
名門というだけあって、屋敷もさることながら庭も立派なもので、初めて訪れた者は必ずといっていいほど迷うくらい広々としていた。
父と母が揃って留守にした時、十四のシドは何の気無く、その庭を歩いていた。
名門の跡継ぎとして、ぎちぎちに組み込まれているスケジュール、その合間を縫って散歩する穏やかな午後のこの時間がシドは好きだった。
気が抜けてしまっていたのだろうか?いつもは来ない庭の端まで来てしまい、引き返そうとした時、不意にあることを思い出す。
幼い頃、父と母と自分とで庭を歩いていたときにこの場所まで来たのだ。
戻ると言った父の言葉に納得できず、ここから先に行ってみたいと駄々をこねた自分に、決してここより先は行ってはならぬとキツく両親に叱られた。
あの時はほんの子供だったし、両親にこれ以上怒られたくなかったのでそれ以来この場所に赴くことも無かったのだが、両親がいない上に、もう子供じゃないという年頃的な冒険心も手伝って
シドはその先に行ってみようと、足を進めた。
歩けば歩くほど、周りの景色が殺風景になってきている。
手入れされている花や緑の類は、すでに視界には入って来ない、あるのはただ荒涼とした土のみだった。
それでもしばらく歩いていくと、やがて一軒の建物が見えてきた。それは古く朽ち果てていそうな、廃屋のような雰囲気の建物だった。
「あれ・・・?」
そのとき足元へ視線をずらすと、鍵が落ちている。それをすくい上げてしばし眺め、はっと思い立ったように、目の前の建物まで翔けて行った。
それは確かにシドには見覚えの無い建物だったが、何故か心惹かれるものがある。この時、普段の慎重さを彼は持ち合わせてはいなかった。
頑丈そうな扉の前まで来て、ゆっくりと鍵穴に拾った鍵を差し込み、ゆっくりと回す。
ガチャン
ギギギギギィ・・・。
外見に見合った重い音を立てながら、ゆっくりと扉を開いていく。
そっとシドは足を踏み入れると、中を見渡してみる。
小さな天窓、辛うじて人一人が眠れるような小さなベッド、テーブルと椅子。
昼間だというのに薄暗いその部屋の中に、人がいる事をシドはすぐには気づけ無かった。
その人物は扉の開けた音に興味のなさそうな顔つきで振り返ったのだが、シドの姿を視界に映して一瞬凍りついた。
一方シドもその人物の存在に気づき、勝手に入ってしまった後ろめたさにまごついていると、目の前の人物がつかつかと近づいてきた。
「あ・・・あの・・・。」
ゴメンなさい・・・と言葉を紡ごうとして、ここから立ち去ろうとしたが、いつの間にか目の前の人物と自分の距離があっという間に近づいていた。
薄暗いせいか未だに相手の顔はよく見えなかった。
その時
不意にその人物がシドの腕を掴み、凄い力でそのまま部屋の中へ引きずり込み、その扉を勢い良く閉じた。
ガターン!!
一際大きな音を立ててそれは閉まり、彼は乱暴にシドの身体をベッドの上に放り投げた。
「な・・・何を・・・!?」
突然連れ込まれ、堅く粗末なベッドに放り投げられ、そのまま横たわる形でシドはその相手を見上げる。
部屋の中の暗さにようやく慣れてきた目が映したのは、前髪で顔が半分隠れている、自分と同じ年頃の少年だった。
同じなのは緑がかった銀髪と、片目だけしか見えないが少し暗みがかったオレンジ色の瞳もそうだった。
一体貴方は――?
そう問おうとした瞬間、ものすごい力でシドの首は絞められる。
「・・・ッ・・・!?」
突如訪れた命の危機にシドはもがき出す。それでもその力は緩むことなく、ギリギリとシドの首を締め上げていく。
「か・・・は・・・っ。」
吸入されることの無い酸素に喘ぎ、すでに意識を手放そうとした時、不意に力は緩んだ。
「はあ・・・はぁ・・・っ!」
突然入り込んだ酸素に咽ながらも、そのチャンスを逃すまいと、その場を立ち去ろうとするシド。
だが、間髪いれずにみぞおちに拳が入る。
「げほっ!」
あまりの痛みに声すら上げる事も忘れる。そのまま寝そべった形になり、痛みに耐えていると、不意に目の前のその相手はシドの服に手をかけ、思い切り引き裂いた。
「っ!?」
上等な生地のそれは、か細い音を立てて引き裂かれ、身体を覆うことすら出来ないただの布切れと化していく。
破れた服の間から手を忍び込まされ、白い素肌をなぞられる。
「・・・ひっ・・・。」
突然胸の突起を捻りあげられて、シドは小さな悲鳴を上げる。
殺されかけた恐怖が先立ち、しばし抵抗を忘れかけていたが、これから何をされるかわからないこの行為に、再びシドは抵抗を試みた。
「や・・・やだっ!・・・離せ・・・っ!」
“彼”の唇がもう一方の胸の突起に達し、口に含まれている。そのくすぐったくも甘い感覚に、
強い口調で言ったはずの拒絶の言葉も、かすれたようなどこか媚びた声でしか言えなかった。
そんな言葉に、“彼”は身を起こし、シドの瞳をじっと見つめる。
顔の半分は隠れてしまい、よく見えないが、自分の面影のあるその男の視線に捕らわれながらも、シドは何度目かの逃走を試みようと、身体を起こそうとした。
が、
「あっ・・・!?」
突然“彼”の手がシドの中心部に下りて来て、服越しにソレを撫でられる。
「や・・・やぁっ・・・。」
身体中に電流が走ったかのような感覚に支配されて、再び“彼”のなすがままになるシド。
「いや、だって・・・?」
その時、初めて“彼”が口を開いた。
自分と同じ・・・でも少し低めの声で、顔を更に近づけて来て、耳元で囁きかけられる。
「本当に嫌なら、これはどういうことだ・・・?」
耳元にあった唇は首筋に移動し、そのままキツく吸い上げられる。
「ふぁ・・・っ!」
初めて体験する快楽の兆しにシドは段々と絡め捕られていく。
布越しに触れらているソレにもどかしさを感じ、もっともっと・・・と快楽を追い求め、知らず知らずのうちに腰を揺らしていく。
「ん・・・く・・・。」
唇を噛み締めて、これ以上自分が感じていると“彼”に悟られないように必死に声を押し殺す。
そんなシドを追い込もうと、“彼”は鎖骨にまで移動させて朱い痕を散らし終えた顔を三度、シドの前に持ってくる。
「どうして欲しいんだ・・・?」
「っ・・・?」
上がる息を抑えながら、瞳に涙を溜めながら、シドは“彼”を見つめる。
「言ってみろよ。」
ニヤリと唇の端を上げ笑う、初対面のはずのこの“彼”が、自分の身体の熱を解放する術を握っているのだと悟ったシドは、
溜まった涙を零しながら、切れ切れの声で懇願した。
「おねが・・・い・・・します・・・。もぅ・・・。」
先ほどと同じ掠れた声で“彼”の服を掴みすがりつく。最後の言葉は吐息と羞恥に苛まされ、小さく消え入っていた。
そんなシドの言葉を聞き入れたのか、“彼”の手が、下肢の服を取り払い、焦らされたソレに直に触れた。
「ぁあぁあ・・・っ!」
今まで経験したことの無い快楽が身体中に走り、
与えられる快楽をそのまま受け止め、シドはひっきりなしに、甘く掠れた声をあげ続ける。目の前の“彼”がどこの誰かなどと言うのは、すでにシドにとってはどうでも良いことであった。
「あ・・・っはぁっ・・・あぁぁ・・・っ」
もう、声を押し殺せる余裕すらなかった。“彼”の自分を弄ぶ手が段々と早まるにつれ、シドの絶頂も近づいてくる。
「や・・・ぁ、も・・・だめぇ・・・。」
そんなシドの痴態を冷ややかに見つめながら、意地の悪い笑みを更に歪ませて“彼”は吐き捨てるように言い放つ。
「淫乱が。」
その言葉と同時に、“彼”の手の動きも早まり、シドの初めての絶頂は訪れた。
「ふ・・・あっ・・!あぁあ・・・っ!」
一際高い声をあげて達したシドの熱は遠慮無しに“彼”の手に吐き出される。
ベッドに横たわったまま、荒い呼吸を繰り返すシドの意識はようやく現実へと目覚め始めていく。
「あ・・・。」
段々と鮮明になる意識の中で、自分の演じた痴態を思い出す。
「いや・・・いやだ・・・。」
うわ言のように繰り返しながら、弱弱しく頭を振るシドの身体を濡れたタオルが覆いかぶさる。
「?」
タオルの降って来た方向を見ると、隣続きの部屋から水で濡らしたらしいタオルを絞って投げてよこした“彼”の姿が目に入る。
「それで、身体を拭けばいい・・・。」
先ほどとは違う、うって変わった態度にシドは戸惑いを隠せない。でも、言われたとおりに、べどべどした下肢をそれで拭き、身支度を整えだす。
そのまま振り返らずに小屋を出て行こうとするが、いきなり肩を掴まれる。
「っ?」
「お前は・・・これから毎晩ここへ来い・・・。」
「なっ・・・!?」
突然の要求にシドはたじろいだ。だが、目の前の“彼”は、いつの間にか奪い取っていたのか、シドの肌身離さずに持ち歩いている短剣を目の前でチラつかせる。
「それは・・・っ!」
お守り同然の・・・と言葉を紡ごうとしたが、不意に口を噤む。“彼”が鞘から短剣を取り出し、シドの喉元に切っ先を突きつけたからだ。
「来なければ・・・。」
つー・・・っと、切っ先が喉の部分の皮を撫でていく。そのまま相手が力を込めれば、間違いなく自分は死ぬだろう。
「お前も・・・お前の両親も・・・、お前に関わる全ての人間を殺してやる・・・!!」
本気だ――。
この男は本気で言っている――!
背筋が凍りつくのを感じる。見ず知らずの相手の狂言などまともに取り合うはずが無いのだが、シドは本能的に
“彼”の言うことがハッタリでも何でもないことが判った。そして、彼の言うことを聞く事が、今の自分に出来る唯一のことだという真実に愕然とする。
「待っているよ・・・シド・・・。」
短刀をそのまま持ち去られ、扉を閉じられる。
シドはそのまま振り向きもせずに、その場を後にした。
幸い、帰り道は誰にも会わずに帰ってこれた。
自室に駆け込み鍵をかけ、破られた服を暖炉の中に放り投げ、素肌の上に毛布を羽織る。
良い様にされた己。何故抵抗できなかったのだ??
嫌悪感と情けなさで涙がまた溢れてくる。いや、それ以前に大事な短刀を奪われてしまった。
やはりあの男の言う事を聞くしかないのか・・・?
自分に向けられたあからさまな殺意、このまま無視をするのはあまりにも危険だと感じた。
あの場所に毎晩訪れて、これから何をされるのか、シドには皆目見当もつかずにいた。
こんなことは誰にも言えない・・・。
あの部屋以上に暗い孤独が、シドの心の中に侵食していく。床にくず落ち、そのまま身体を横たえてシドの意識はやがて闇の中へと
ゆっくりと沈んでいった。
つづく
戻りますか?
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