冥恋



骨に強(し)い、そして魅入るほどの眩い青の空は好きではなかった。
その空の下ではあの人に出逢えないから、空が青くなるその時間になればあの人はまるで幻の様に消え失せてしまうから。
それでもあの人は、白く靄がかかる私の思考の中で必ず囁いてくれる。

また今夜来るから――・・・。
俺の分身が亡くなるその日にちゃんとお前も連れて行くから――・・・。
それが、俺がお前にした仕打ちのせめてもの償いだから――・・・。

低く囁かれる自分と同じでありながら甘く狂おしいほどの声音は、いつも全てが白日に晒される狂気渦まく光満ちるこの世界に取り残された私に、その時間を乗越えていける力を与えてくれる。

待っています・・・・。

全身があなたに愛しつくされる痺れに舐め尽されていて、声を出すことはおろか、瞳をあけてその姿見ることままならずとも、私はいつもそう無言でも答えを返している。



冥 恋-Ⅰ-



夜――・・・。
絶望と混沌を連想させる色の空に、重白く照らされる毎日として同じ形でない月が支配する時。
人々にとっては負のイメージを強く持つこの空の時間は、今のシドにとってはとても心地の良く胸弾み踊る時間であった。
今宵もあの人を待つ間、青水晶の小瓶に既に半分ほどとなった粉末を、膝の上に柔らかく広げた小さな四角い半紙の上に適量を取り出しさらさらとあけていく。
「・・・はやく・・。」
焦点の合わない瞳で虚空を見上げながら、もう幾晩訪れた蜜時を飽く事なく待ちわびている。
「バド・・早く、来て・・・・。」
毎晩体を重ね合わせてもその心は日ごと、彼を想えば想う程反比例するように満たされるということはなくて。
傍らに置かれているグラスに注がれた冷水に、紙の上の粉をさらりさらりと入れていき澱になる前に、筋張って幾分かやせ衰えた手でグラスを取りそれをこくんこくんと飲み干していく。
苦薬の様な風体のそれは、苦く味気ないどころか、その舌先に蕩けるような感覚をまず与えてから、嚥下するたびに尾を引くような甘さを持って浸透していく。

あぁ・・・、もうすぐだ・・・・。
もうすぐまた、彼と思う存分に・・・・。

その恍惚感に目蓋の裏が焼かれるほどの眩さを覚え、うっとりと瞳を閉じながら、今宵もまた彼に抱かれる自分を想うシドの周りは霧に包まれるように白く霞がかかっていく。

暗くポツンと閉ざされたこのくだらない世界に奪われたものは計り知れない。
ようやくあの時に一緒になれると想った、奪われていた彼すらもその無情に無惨にも酷い形で略奪された。
それ故に、初めて彼がこの牢獄の様な部屋の窓からやって来て、自分の目の前に現れたとき嬉しさと驚きで心の臓が張り裂けるかと思う程だった。
初めはただ、呆然とする私の体を抱きしめてくれて眠りに付くまでずっと傍にいてくれた。
もう二度と逝かないで、ずっと私の傍にいて・・・とみっともなく懇願する私の髪を優しく撫でられながら、彼は哀しそうに微笑みながらもその大きく逞しいほどの白い手で私を慈しんでくれた。
それだけでも充分だったのに、夜を覆うごと私の中で彼に対する欲求は深まっていき、あくる晩についにあの時が訪れた。
信じられない程だった。
かつてない程の至福間に満たされた。
そのときに確信した。
私を満たすことが出来るのは、あなたしか居ないのだと。
そしてその時に約束してくれたこと・・・・。


カタン・・・・。
「・・・バド・・・・・・。」
緩やかな睡魔にも似た恍惚感に包まれていたシドの思考を一気に醒ましたのは、つまらない外界とこの箱庭世界を遮断するような目の前の格子窓から禍々しいほど明るい満月を背後にして入ってきた彼-バド-だった。
「こんばんは、シド・・・。」
イイ子にしていたか?とからかい口調ながらも優しい夕日色の眼差し、その背中に長く伸ばされてシドと同じ色素の夜風に棚引く銀色の髪に生える、長躯の逞しい肉体に纏う黒装束の出で立ちは、正に闇に生きる人外的雰囲気を醸し出している。
ペタリと床に座り込んだまま、自律神経が緩やかに破壊されているようなだるさを感じつつも、それでもシドは嬉しさに頬を高潮させながら立ち上がると、もう待ちきれないと言わんばかりにまだ到着して一息も付かぬ、真紅の毛足の絨毯に両脚を着地させたばかりの彼の身体に飛びついていた。
「うわ・・・っと!」
バランスを崩しそうになるが、それでもどうにか窓枠に両手を後ろに付く事で防いだバドを余所に、シドのその手はバドの中心部に当てられており、押さええきれない気持ちを露にするようにバドの服を下ろして取り出した自身を愛しげに口腔に迎え入れていた。
「ん・・・」
あまりにも性急なシドの行為で若干は焦るが、時間が勿体無いのは自分も同じ事で、がっつくように夜毎追うごとに高まっていくシドの性技によって施される甘い熱を感じていく。
「ん・・・く・・・、そ、んなに・・・っ、まちどおしかった、のか・・・?」
途切れ途切れ、掠れが混じる低音の声が、彼を昂ぶらせて悦ばせているのをまざまざと感じとりながら、その柔らかい猫っ毛に指を絡められながら後頭部へとやんわりと置かれている手を通じて、シドは肯定を示すために卑猥な音をたてながら何度も小刻みにこくこくと頷いた。
「そう・・か・・・、俺も・・・、ぅ」
少しずつ後頭部に置かれた手は力が込められて行き、無意識のうちに逃れようと微かに動くシドの頭を固定しながら彼の喉の奥にまで先端を突き入れると少しだけ苦痛を訴える声が漏れていく。
「ぅぐ・・っんっ・・ぐ」
だけど苦しげながらも吐き出そうともしないで舌全体を使って絡めながら熱い自身を更に熱くさせていくシドの口腔から今度はゆるく引き、そしてまた突き入れる。
「んぁ・・く・・・。」
「気持ち、いいよ・・・シド・・・。」
繰り返される口腔律動に呼応するように吸い上げては先端に舌を絡ませて軽く歯を立てて潤んだ眼差しで見上げて来るシドの髪を優しくなでながら労うと、シドは嬉しそうにうっとりとした様で瞳を閉じて奉仕を続行していく。
「く・・ぅ、・・んっ、んぅ・・っ」
バド自身の先端から滲み出る欲情の蜜が、シドの口内に染み渡っていく。
その感覚に煽られてシドもまた、布越しから指先でなぞっていたがそれでけでは飽き足らずに直に取り出して、興奮を露にする自分の自身を掴みあげて激しく上下に扱いていく。
「んんっ!んぐっ・・」
「っ・・ぅ、シ、ド・・・っ!くぅ・・・っ」
己の手の中に情欲を吐き出したと同時、バドの息と声と共に、大量の白濁が思う様シドの喉の奥へと放出されて蹂躙していくが、シドはそれから口を離さずに出来る限り飲み干そうとごくんごくんと喉の奥へと押し込んでいった。


「は・・ふ・・ぁ・・っ」
「シド・・・・・。」
「ん・・バ、ド・・・」
互いに出し合った熱の衝撃で、力なくへたり込んでいたシドの身体をバドは軽々と抱えあげて、その足で隣に続く寝室へと移動していく。
その僅かな距離でさえも離れているのが惜しくて、口唇を貪欲に押付けて互いの舌先から絡めて貪りながら。
「ん・・んっ・・」
くちゅ、ちゅく・・と、姫抱きに抱え上げられたまま、先程よりもずっと水膜がかる瞳で下から侵入していくバドの舌を受け入れながらシドもまた彼の舌を噛み切って喰らい尽くしたい想いを込めて、舌先を絡めとリ唾液を注ぎ込んでいく。
ずくずくと、背と膝裏に回されたバドの逞しい腕の熱が、まだ身に纏ったままの白いシャツ越しから熱く伝わって来て、またそれがシドの身体を高みに追いやる材料となっていき、首に回したその両腕に知らず知らず力が込められていく。
「ぁ・・・。」
とさ・・・と小さな音をたてて、着いた寝台の上に柔らかく落とされると、横たわらせたシドの上にバドは覆いかぶさり愛しげにシドの髪の毛をまた再び優しく撫で付けながら頬に口唇を落し、そのまま先ほどシドの口内を堪能した濡れた舌先でツ・・・と首筋に降りて行く。
「あ・・・ん・・」
生温かい生き物の様に首筋に這わせられる舌にぞくぞくと身体を震わせるシドのシャツに手がかかり、白くむき出されていく肌の上に滴り落ちる血の様な朱華を咲かせるながら、首筋から下の喉元、デコルテ、胸元へと下っていく。
「あぁっ」
その口唇がそれよりもずっと淫らで赤く硬く充血して勃血上がっている胸の突起に辿り着き嬲り始めていく中、シドの下肢に伸ばされていくバドの片手は、先ほど達したばかりで吐露されたシドの精の名残を後ろに塗りたくり始めて、固く閉ざされている秘所の周りをなぞりあげていく。
「あ・・・ぅっ」
そして空いているもう一方の手で、もう一つの突起を摘まれこねくり回されながら、依然として反対側の突起を舌で転がされて吸われ甘噛まれながら、ぐっと押し広げられていくバドを受け入れるための道筋にびくびくと跳ね上がっていくシドの身体。
「・・もう、欲しくなったのか・・・?」
ん?と言った感じで、ふと胸にあった顔を上げられて真上から覗き込まれながら言われたその問いに、シドの顔は更にかぁ・・・と熱く高潮していく。
下から聞こえてくる、ぐちゅぬちゅと言う音をたてて、突き入れられて広げられていく感覚。
そして胸の突起を弄っていた手が、また熱くそそり立ち始めている自身に触れられて、根元を掴まれ強く荒く上下に扱かれながら先端を指先で刺激されていく。
「あ・・っ、あぁっ」
熱くて、疼いて、もうどうしようもなくなるほどの感覚に襲われていくのは、紛れもなく彼だからこそこまで感じるという真実。
例えそれが、今はまだ偽りの時だとしても・・・。
「も・・ぅ・・・、あぁっ!も・・ほし・・・!」
前と後ろ、両方を愛撫されて、耐え切れない劣情に押し流されるままに、シドは本能的の声を上げながら真上にあるバドの両頬に手を伸ばし、もっととせがむようにそのまま首に両腕を巻きつけていく。
「シド・・・。」
その言葉だけ、彼の口から漏れる自分を指し示す名前を呼ばれる声が最後、シドはまた身体を撓らせながら絶頂の高みへと登り詰めていく事となる。

欲しい・・欲しいの・・・。
あなたが・・・、あなたの全てが・・・。わたしがあなたの物だという確証が・・・・。


「ん・・っ、はぁっ・・・あぁあっ」
丹念に丹念に広げられた部位からからバドの指が引き抜かれると、一度名残惜しそうにひくついたソコに、高く両脚を抱え上げられて、待ちわびた自身が犯入されていく。
「ああっ!・・バ、ド・・っ」
「シド・・っ、もっと・・・っ」
もっとちゃんと俺を呼んで・・・?
俺がお前をつなぎ止められるために・・・・。

二人が最も希う、互いに一つになってそのまま蕩けてしまうほど甘く強い快楽を共用できるこの瞬間だった。
熱い自身が同じように熱い内部に入ってくるその生々しさに、本能的なものだろうか、涙で濡れて濃くなった夕日色の瞳をギュッと閉じているシドの目蓋にバドは口唇を落として、舌先でこじ開けながらその中の眼球すら舐め上げていく。
「は・・あっ、ああ」
ぬめりとした感触にシドが声を上げても、それでも足りないんだと言わんばかりにバドの舌先は全て味わいつくすかのごとく再度、頬・首筋・デコルテ、果ては耳たぶや二の腕、その白魚の様な指先にまで這わせながら、体重をかけながら際奥にあるシド自身の敏感な箇所を突き上げていく。
「あぁあっ、あぅっ・・んっあっ!」
ぎしぎしと鳴く寝台の音、汗で滑っていく互いの身体、入ってくるバド自身とそれらがぶつかる肉の音。
その全てがシドの五感から染み渡って快楽を促進させていくもの。
滑る両腕をまた首筋に回し、下半身の結合でもまだ足りぬとその両脚をバドの腰に絡めながら穿たれる熱さに酔い痴れていく。
「あぁっ・・バド・・ぁ、バドっ・・・!」
極上の悦び。
何時も辛い事ばかりのこの世界で、何一つとして見出せなかったもの。
それを今、彼が与えてくれる。
だけど、それと引き換えにして・・・心の奥底から味わっているからこそ白く点滅していく意識。
「や・・っ!・・まだっ、だめぇ・・・っ!」
まだ達きたくない、まだ逝かないでと懇願するように頭を振るシド。
それを諫めるようにバドはいくら与えても与えられても足りない口付けをそのしっとりと紅い口唇に落しながら優しく囁いていく。
「シド・・・、大丈夫だから・・・。」
もうすぐだから・・・・、もうすぐ・・・。
「ほ・・んとうに・・っ?」
「あぁ・・・。」
バドの方も段々と意識が途切れ始め、やがて窓の外が闇に昇る月光も薄くなり始め、偽善の光に満ちる時間がやってくることを無情にも伝え始めている。
それと呼応するようにして、シドの両腕が捉えて離さないでいるバドの肉体も段々とその色素を亡くしはじめて行く。
もうじき明ける夜と同じ、終わってしまう蜜月。
だけどバドは、最後の最後までシドの体を味わいたく願い、それはシドも同じ事で、ギリギリまでその中に入り込んでは突き入れて、シドもまた消えていかないようにと言う願いを込めて更にその手に力を込めていく。
「や・・ぁぁあ・・っ、バド・・バド・・・っ!」

逝かないで――!

そう叫んでいても、彼が与えてくれた熱が内部に放出されると同時、自身からもまた何度目かの精を吐き零して行く。
そしてシドに回されていたその肉体は、すぅ・・と消えて行き、内部にあった生々しさすら一夜の夢だといわんばかりに儚く消滅して行き、たかが空間となったバドの身体に回されていた両の腕はとさりとシーツの上に鉛の様に力なく落ちた。

・・・・シド・・・・。

闇の終わりの残り香の様に、その身体は隣室の床に置かれている小瓶に詰め込まれている白い灰となって消えていく。

・・・・愛している・・・・・・・・。

だけれどもその声だけは、長く尾を引くような残り香の様に・・・あの灰の味の様に、優しく甘い響きでただの空間となったシドの周りに何時までもその耳に残る。

「・・・・待ってますから・・・・・、だから早く・・・・。」
そしてシドはまた、幻影の情事の残る体を引きずって狂気が渦まく光の時をまた歩いて行く。
いずれ来る、長すぎる時の果てにある約束を交わすため――・・・・。









つづく




戻ります。