冥恋-3-


限られた時間と、彼を繋ぐたった一つの絆の量。
ほんの小さな小瓶に注がれた兄の分身である骨は、一気に飲み干せば今宵限りで亡くなってしまうほど僅かなもので、いくら節約しようともそれはあと六日・・・つまり喪に服している間しか持ちそうにも無かった。
そしてバドは、昼間差し込む陽の光の下には一切現れず、シドが吸い寄せられるようにしてその分身を口に含んで、最初の日と同じようにしばらくしてから現れた。
そのことに気づいたのは、三日後の昼の事、喪に服す間に室内で出来る簡単な仕事片付けている合間、何の気無しに、さらさらとする小瓶に人差し指を入れてほんの少量だけくっ付いた兄をぺろりと舐めてみても、それはただのざらついた無機質な人骨の味しかしなかった。
不思議と昼間は兄を口に含もうとも思わないのに、日が沈んで混沌の闇色のビロードの空に覆われる時間、舌先にあの甘い甘い味が甦り、シドはギュッとたまらなくなって小さな蓋を捻りさらりとした兄を取り出した。

“こんばんは、シド・・・”

先の二日と同じ・・・様に見えても、どこか遠く霞んでいた声は少しだけその音に肉がつき、ほんのりと透けていた黒衣に包まれていた身体とか優しくその頬に添えられる掌も同様、ほんの少しだけ形と熱を取り戻しているバドにシドは気がついた。
「にいさん・・・。」
うっとりと瞳を細め、ただ二人何をするでもなく身体を休めるための寝台の上に腰を掛けていたが、そのスプリングは一人分の体重しか認めていないと言わんばかりの鳴き声を上げていた。
それでもバドにシドは触れられることが出来たし、シドにバドはずっと触れ続けていて、闇の衣のその身に頭をもたれさせながらただ近くに居るたった一人の兄を感じていた。
そんなシドをバドは厭うでもなく、ぴたりとくっ付き離れようとなど微塵も思ってなど居なさそうな、それでもまだ何かを感じているのか、僅かに震えを隠せないでいる弟の身体を、熱の無い肉体で温もりを与えようとその肩をただ抱き寄せて居た。

まだ現で生きる為に血の通う肉体と、永遠に時に凍りついたはずの静止した肉体。
だが確実に二人は互いの存在を認識できている。
“「・・・・・・・。」”
その矛盾について何も口には出さず、そしてどちらからとも無く顔を上げて、塵一つ入り込めなさそうにくっ付いていた身体を少しばかり離し、お互いに見つめあうと最初の夜に執り行ってからこれで三度目になる口付けを交わしていく。
「・・・ん」
やっぱり・・・と、シドは少しずつ激しくなっていく、誓いとも成約とも言えるそれの中密かに思った。
先の二日よりもずっと近くに兄を感じる。
その熱も身体も生々しさと言った感触を僅かに取り戻している。
だけど・・・。
「ん・・、は・・・っ」
“何を、考えていた?”
不意に口付けを解かれて、癖の様にそっと掌を頬に添えられて真っ直ぐに射抜かれる、少し色合いが濃くなった、朝焼けを凝縮したようなオレンジに、鼓動がどくんと高まりだす。
真正面から見つめられる、強い意志を持つ真っ直ぐな視線。
それもこんな至近距離から。
路が通わなかった彼の生前に、どんなに願ったであろうことが結局何も叶えられることなく、それどころか彼の命を奪った自分・・・。
何も望むことなど無い、こうして逢いに来てくれただけで充分に身に余る贅沢だ。
でも・・・、もっともっとあなたに触れたい、もっとあなたをそばに感じたい。
この時間がいずれは脆く砂の城の様に崩れ去るのならば・・・。
「バド・・・。」
もう一度だけ・・・、それでも何度呼んでも足りないその字を呼びながら、少しだけ薄紅に頬を染めながら、兄がそうしてくれているように、シドもまた兄の血の通わない肌の頬を両手で包み込んだ。
その掌に伝わってくる熱無き熱に、至福で覆い隠している黒い不安にまた飲み込まれそうになりながら。
“シド・・・?”
自分の問いかけに答えようとしないで、まんじりともせずに見つめてくる弟にバドは首を傾げたが、シドが自分の身体を引き倒した事でその返事は導き出される。
“シ・・・?”
丁度バドがその身を押し倒すような形で、シドはどこか意を決したような、だがまだ気恥ずかしげに潤む瞳で、それでもきっぱりと言葉を紡いだ。
「あなたを・・・、私に、与えて下さい・・・。」
下から伸ばすその両腕をバドの肩から首の後ろに回しながら、同じように黒に包まれた美しい花の様な彼に捧げられたしなやかに曝け出された四肢。
“・・・・”
こくりと微かに嚥下される唾と共に、バドの脳裏にあのものの詞が蘇って来る。

――・・・否定するな。
――・・・決して、あの者を拒絶するな。

――・・・満たしてやれ、あれを。

“その前に・・・、一つだけ・・・”
良いか?と、少し怯えたように視線を向けるシドに、バドは苦笑しながら咎めるんじゃないからというように首を横に振りながら、今度こそ弟の口から聞きたい問を投げかける。
“お前は・・・、俺とこの世界・・・、どちらかを選べといわれたらどれを取る?”
その詞にシドは、不意に先の聖戦を思い起こす。
この身ごと討てと懇願したのは、この人の要望を叶えたいがため。
そのためならこの命など何の未練も無かった。
そして今も尚、彼がこうして逢いに来てくれなどしなかったら、この身体の中に彼の命が注がれている事も忘れて後を追っていたに違いなかった。

今、彼に死ねと言われたら何のためらいも無くその命を在るべきその身に還すことだって出来る。
それに自分の今居る世界は、とても小さな箱庭の様なこの、隔離された部屋以外に他ならない。
それだって、バドが居るから成り立つものなのだ。

「決まっています・・・勿論・・・。」
首に回していた腕のうち片方を、緑青の銀髪に持って行き、くしゃりとその髪に埋めながら頭をかき抱いて引き寄せる。
「あなただけです・・・・。」
そうか、と言う返事と共に、バドはその可憐に咲き誇った微笑を模る口唇に貪るように己の口唇を重ね合わせて行った。



冥 恋 -Ⅲ-



覆いかぶさる兄から、改めて与えられ続ける口付けと共に、ふわりと鼻腔に広がったのは口に含む兄の分身と同じ種類の甘い香だった。
「ん・・・。」
熱も温もりも皆無に等しい・・・、それでも確かにここにある兄の口唇の形は、紛れも無くシドのそれを塞ぎ続け、ゆっくりゆっくりと形を変え始めていった。
長い間隔てられていたとは言え、血を別けた双子の兄弟、最も近しい者達が激しい恋に落ちた者達の様な口付けを交わすことなど、モラルと理性と常識を重んじる様に育てられたシドにとっては信じられない行動だったに違いなかったはずなのだが。
「ふ・・・。」
うっすらと閉じていた瞳をあけた瞬間、潤んだ水膜が雫となって零れ落ちながら、ちゅく・・ちゅぅ・・・と絡めあいながら注ぎ込まれる唾液の滑る音がリアルに耳に響くと同時、温もりも熱も無い存在のはずの兄の体は段々と輪郭をなして行き、それを彩る色素も濃さを増して行く様に見えた。

・・・あぁ、バド・・・。
どれほどあなたと共に在りたいと願った事か・・・。
目を合わせることも許されず、ましてやこうして触れ合うことなどこの国を治める神と言う名の独裁者の怒りを買うごとくに許されざる事なのだから、その怒りを恐れた飼い犬達によって我等は引き離されたのだ。
あなたを知ってからの昼と夜の巡りの間、どれだけあなたを想い涙を流した事だろうか。
どれほどまでにあなたに逢いたいと想っただろうか・・・。
だから私は・・・。
「は・・ぁ」
「シド・・・・。」
息が上がりかけるシドの表情に、バドはまだ名残惜しい気持ちを抱いたままで口唇を一度放す代わり、まだシドの温もりが残る己のそれで静かに弟の名前をはっきりと呼んだ。
先程よりもずっと形状を為し始めてきた逞しい肉体・・・、万物の生き物を司る左胸に手を添えながら縋るようにますます潤む瞳で自分を見上げてくるシドを、バドは余す事無く逸らす事無くその髪を優しく梳きながら見つめ返していく。

これは間違いなんかじゃない。
これは過ちなどでは、決して無い。

本当に・・・、本当に心の底から想い、求めて願ったたった一人の者。
その者の余りの悲しみ、嘆き狂うほどの姿を見せ付けられて、心底救いたく想い、全ての理を禁めてまで姿を現したのだ。

それを周りの偽善者共が揃いもそろって罪などと呼ぶ、その理由など何処にだってない――!

「・・・・兄さん・・・、バド・・・・。」
「・・・・シド・・・・・。」
長い永い時に隔てられていたとは言えども、二人の身に宿る遺伝子はまるで互いの言いたいこと、そして何を求めているのかが手に取るように判っている。
それはあたかも、たった一つだけ神が与えた慈悲の如く・・・。
「私を・・・、あなた、の・・・・。」
だがそれでも、声に出して解き放たなければ、想いは何一つ伝わらないのだと言う後悔を、あの折の聖戦で否と言うほどに染み入ったシドは、漠然とした形のままを良しとせずに薄紅に染めた白磁の肌を更にまた朱に色づけて、先ほどの口付けで艶やかに光る化粧を施された口唇で言葉を紡ごうとするが、どうしても言い出せないで居る。
それは気恥ずかしさからか、それともこれから起こりうる・・・自分達が望んだこととは言え・・・・、閉ざされた禁断の扉を開くかのごとくの時間を無意識のうちに恐れているからなのか・・・。
ふる・・と、僅かに身体を震わせて、じっと見上げてくるシドを察し、バドはくすりと笑みを浮かべて、穢れなど哀しみの雨を滴らせなくなど無い夕焼けの澄み切った瞳に自分だけの姿を映す弟の薄紅にさした頬に添ええた手を、口唇にまで滑らせて指を軽く押付けた。
「・・・・・判っているよ・・・、でも・・・・。」
そっと耳元で甘噛む様にして、ちゃんとお前の口から聴かせて・・・?と囁くと、シドの横たわった身体はびくんと人魚の様に跳ね上がる。
交差する朝日と夕日の瞳の視線が絡み合う中、シドは今にも消え入りそうな声だが、そっとまた兄の頭を更に近く抱き寄せて舌先に残るあの甘い味さながらの声で言葉を紡いでいく。
「・・・・あなたのものにして下さい・・・・・。」
その言葉を口にした瞬間、身体の奥底に眠っていた何かが、じわじわと湧き上がっていく感覚と同時、その返事とばかりにまた施されていく深い口付けに、シドは頭の芯が痺れるほどの陶酔感に堕ちて行った。

「はぁ・・・ぁ・・んっ」
兄が触れていく全ての箇所が灼けるような熱を帯びていく――・・・・。
つい二日前は実体など殆ど皆無だったのに、バドの舌が唇が指先がその手が、今まで接してきた生身の人間よりもずっとずっと温かくて熱くてもうどうにかなってしまいそうなほどに。
「ん、・・あっ・・・」
柔らかい褥の上に組み敷かれて、こじ開けるように開かされて抱え上げられた両脚がびくびくと痙攣して行く様にのたうつその間で、バドの頭が小刻みに蠢いている。
「あっ・・あぁ、あ・・、にぃ・・さ・・・っ」
根元から舌を這わせられて、先端にかけて舐られながらちゅっとその部分を吸われると同時、片手が根元を飾る球を揉みしだかれてそそり立って行く茎を扱かれる。
そのたびに聞こえてくる兄の口と己の性器が交じり合い擦れて行く音と、ずくずくと生れ堕ちていく愛欲にシドは段々とその快楽に溺れ始めていく。
「やぁ・・ぁあっあ・・、もぅっ」
びくびくんと大きく白い身体を跳ね上がらせながら、自身にむしゃぶりつくように愛撫を重ねている兄の頭を本能的に引き離そうとその髪に指を絡ませるが、力などついぞ入らない弟の意志を無視するかのようにバドは、吸っては嬲って歯を立てて、根元に添えられている手を荒々しく上下に動かして扱きながら、初めて体感する弟の情欲をその口に受け止める為に激しさを増していく。
「もう、だめっ・・、あぁあ・・・っ!」
最後の止めだと言わんばかりの舌と手の動きに翻弄されて、弓なりに沿っていく身体と痛いくらいにその白く綺麗な手がバドの髪を掴んで埋めようとも、それを厭う事もせずにそのまま逸らす事無くシドの放たれていく欲望の成れの果てを半分は口の中から体内に取り込んで、もう半分は飲み込むことはせず、閉ざされた秘所を開いていく為の滑走油の為に垂らして行く。
「は・・ぁ、はぁ・・・、バ・・ド・・っ」
堪えきれずに吐き出した己の欲望の名残を、一生こんな事をするとは思わなかった部分に塗りたくられる感触にシドは羞恥を覚えるも、それはほんの一瞬の事でしかなった。
「あ・・っ!」
頭を更に奥にずらしたバドの舌先がツ・・・と触れて、ゆっくりと、だが確実に押し入っていく感覚にシドの思考はまた遮断され、仰け反るほどのそれにまた上り詰め様としている。
「んっ、あ・・・っ、やぁ・・・」
今これから、ひくひくと肉の壁が収縮する内部へ己が性を受け入れさせるためにと、まずは柔らかい異物から慣らして行こうと、バドは狭く蕩けるように熱い弟の中を濡らして行こうと、丹念に道筋をつける為に舌先を最奥へと突き進ませる。
「やぁ、ああっ、あ・・んぁっ」
むず痒いような内部につきこまれる違和感にぶる・・と小刻みに身体を震わせるシドだが、兄の舌技によって与えられてる刺激からやわやわと湧き上がる感覚にぎゅっとシーツを掴んで身を鎮めて行く。

ここから先に訪れる行為が何なのか、正しく理解したうえで覚悟を決めた上でそうして欲しいと希ったのは自分で。
恐ろしいとか怖いとか、そう思う権利すらその時点で放棄した。
なのに・・・・。
「んっ・・ぁ、にいさん・・・っ」
丹念に解されていったその部分を更に慣らしやすくしようと、舌先から指へと切り替えてその収縮に合わせてゆっくりと突き入れられる感覚に抱いた気持ちと同様に強張る身体。
息を荒げて再びその上に圧し掛かるように現れたバドの顔の輪郭をなぞるようにして両手の指を這わせて、儚げに・・・だが凛とした笑みを湛えてシドは懇願した。
「も・・だいじょうぶ・・・だから・・・。」
「っ、ばか・・っ、まだ・・!」
「いい、の・・・、はやく・・・。」
これ以上、待てない。
これ以上、優しい愛撫を重ねられている内には、心のそこで押さえつけて、取り払ったはずの怯えや恐怖に飲み込まれてしまうから。
だがバドは、そんな弟のたっての訴えにきっぱりと首を横に振り、まだぎゅうぎゅうときつく締め上げるシドの秘所に突きこむ指をゆっくりと奥に銜えこませながら内部でそれを軽く曲げる。
「あっ、く・・ぅぁ・・っ」
それだけでまだ苦痛の方が立ち勝るシドの、赤く染まる瞳から流れ出た目尻に溜まる真珠の様な涙を吸い上げようと唇を落としながら焦らなくてもいい、大丈夫だから・・・と、まじないの様に囁きかけながらシーツを掴んでいる手をその背に導いた。
「あぁっ、は・・っ、あぁ・・っ」
焦らずに突き入れてほぐしていった甲斐があってか、探り当てたスポットに指先が辿り着くと、シドの苦痛に呻いていた唇から甘い吐息と音が聞こえてくると同時、ゆるゆると閉ざされていた道筋がほどけて行く。
「ん・・んぁ・・ぁ、は・・」
与えられていく初めての熱にどうしようもなく素直に反応していく身体。
一本二本と増えて行くバドの指が、体内をかき混ぜる様に蠢かれながらやはり丁寧に広げられていく体内への道すじ。
擦られて触れられて行く肉壁と共に、唇すらも首筋や喉元、果ては硬く充血してたち上がる胸を飾る突起を含みだされて舌と歯で柔らかく齧られるように吸い上げられて、シドの身と心は確実に昂みへの階段を一歩一歩登り詰めていく。
「にいさ、ぁ・・んっ、んぁ・・・」
もうこれ以上は本当に待ちきれない。
今度こそ指と唇だけで与えられている刺激に焦れてきた弟の様子に、同じように待ちわびていたバドは、ずる・・と、三本までくわえ込ませていた指を引き抜いて、深く深く繋がる為に、与える痛みと苦痛と恐怖を取り去る口付けを更に濃く紅を引く口唇に落としていった。
「っ、ん、んーー・・っ、っ!」
先程よりも大きく抱え上げて広げさせたシドの両足の間に身体を滑り込ませて、限界にまで張り詰めた兇器にも似た己の本性を、蠕動する内部へと誘われる様に埋没していくと、背中に回された手が痛いくらいに爪を立てる。
がり・・・っと肌を突き破って肉に食い込んだ白く少しだけ尖った爪の先からは、小さな朱い珠が浮き出てくるのだが、それを感じると言うことは、今確かにここに居る自分は実態を持たない死の国の住人などではなく、紛れも無く形あるヒトとして甦っているのだと言う証。
「っ、ぁ・・・・っ!」
ゆっくりと突き込んだ性をきつく咥え込んで離そうとしないシドの蕩けるほど熱を持つ内部を、繋げている自身から感じながら、瞳を大きく見開いて不規則な呼吸を繰り返すシドに申し訳なく思いつつも、それでも駆け上がっていく充実感と生半可ではない快感。
「か・・はっ、ぁ・・・っ」
それでもその夕日色の瞳は、血を滴らせたような潤んだ紅に染まり始め、艶やかに光る二枚の花弁から漏れる激痛を表すその声に、無理は禁物だとバドは必死に本能に理性のブレーキをかけて、緩やかに立ち上がり始めているシドの性に触れながら、唇は汗ばんでいる胸に這わせて真っ赤な実の様に色づく突起を舐め上げながら、出来る限り愛撫を施して苛む痛みを取り除いていく。
「あっ・・・は・・ぁあ・・んっ」
そんな兄に答えるようにして、シドもまた無意識のうちにぎちぎちに力の入っていた身体を緩めようと、快楽を取り込む為に大きく息を吸って吐くを繰り返す内に、緩やかに解されていくその内部に先端までしか入れなかったバドも、それに合わせてゆっくりゆっくりと結ばれる為に最奥へと入ってくる。
「は・・ぁっ!・・・バド・・・バ、ド・・・っ」
「シ、ド・・・・っ!」
互いに手を伸ばしあい頬に触れ合って名前を呼び合いながら、感じ取る生々しいほどの肉の温もりと熱と淫らな匂いと音の中で、少しずつ宙そうされていくバドの性の先端がシドの悦びを生むために敏感な箇所を突き上げていく。
「あ・・・っああぁ、っん、あっ」
口唇から零れていた苦痛の喘ぎはためらいがちに吐息に、そこからまた艶を帯び始めた嬌声に変わって行くのと同時、花開いていく弟の嬌態を、バドはもうじき訪れる夜明けの前では灰へと朽ちる肉体全部に刻みつけながら段々と動きを早め始めていく。
「あぁっ、うぁ・・んぁ・・・ッあぁ、あっ」
飛びそうになる意識。
段々と霧の様に霞む視界。
その逞しい背に回す両手ですら、並々と注がれていく快楽の前では力さえも失っていき、何度も何度も滑り落ちそうになる。
「あ・・・、ああっ、にい、さん・・っ!」
もっと強くもっと・・・。
押さえつけていて欲しい。
迫り来る悲哀に飲み込まれる前に、何も考えられないように、このまま、このままで・・・。
もういやだ。
もう独りきりはいやなのに・・・・。
「シド・・・シド・・・・」
遠のいていく声。
段々と色素も褪せていくその身。
朝日が上がると共に消えて行く兄は、今宵も・・・。
「あっ・・あああ・・・っ!」
だがバドは、そんなシドの憂いを感じ取ったのか、望みどおりに何も考えさせないようにと強く突き入れた自身で、彼の持つ悦部を抉るようにしてかき混ぜるようにして突き上げながらその身体を褪せていく両手で抱き竦めて激しく揺さ振っていく。
「にいさ・・ぁあっ、あ・・!」
「大丈夫だから・・・大丈夫・・・・。」
俺はお前を満たすためなら、何だってできる・・・・。
限界が近いその上がりかける息を混ぜ込みながら、何度も何度も繰り返しその耳で囁かれる兄の声。
「ホント・・・に?うぁっ・・ぜったい・・だよ?・・・ぜったい・・・っ」
がむしゃらに際限ない愛情を欲しがる子供の様に抱きつきながら、ぽろぽろと決壊した涙腺から雫雨を降らせる弟の身体を一度慈しむように強く抱きしめてからそのまま起こし上げ、そのまま座り込んだ形で下から突き上げ始めていく。
「はぁ・・ぁあっん、く・・」
自らの重みで先程よりも深くバドを咥え込んで、先程よりももっと強く最奥を貫かれていく衝撃にシドは大きく身を仰け反らせた。
そうして曝け出されたシドの白い裸体にバドは、我知らずに喉元に喰らい付くようにして唇を落としながら朱華を散らし、舌先で零れ落ちる汗と涙を舐め取っていくと、また口付けをねだるようにして花弁を戦慄かせているシドの後頭部を強く捉え、見上げる形で深く長い、弟が求めているそれを与えていく。
「んっ、んんぅ・・・ッんああっ」
そうして、結合する部分から溢れ出る兄の精がシドの中を侵食して行くと同時、シドもまた兄の腹にその精を飛び散らせていく。
そうして二人達して良く中、シドはバドを強く抱きしめつつもその意識は澱となって霞んでいった。


「・・・・。」
そのまま沈みかける意識を何とかこじ開けるように繋ぎ止めながら、横たわりながら抱きしめあう二人。
「にいさん・・・・。」
闇色の天から茜色の空の齎す光が窓から差し込んで行く中、それに溶かされるようにしてうっすらと灰になって今一度消滅して行く兄の身。
「あ・・・。」
――・・・シド・・・。
抱きしめられて感じていた温もりとか、先ほど溶け合うほどに与えられた熱だとか、それは己一人が見ていた妄信だといわんばかりに緩やかに失われていくその像。
――・・・連れて行くから・・・。
ひらひらと舞う蝶の様に、あの甘い味と同じ力を持ってシドの耳に吹き込まれるバドの声。
――・・・俺を選んだお前を、俺は必ず迎えに来るから・・・。
――・・・その俺の分身が亡くなる日に、俺はおまえを・・・つれて、行く・・・・。
かすれて行く声と共に、伸ばされるその腕はもうその色素を失い褪せてしまっていても、またその瞳から降らせられる雨を拭う事など出来ずとも。

必ずシドを迎えに来ると、形の無い約束を形あるそれになるようにと繰り返し語りかけながら消えて行く兄の見送りにシドは慣れることは無かった。
兄を信じている気持ちと、まだ奥底で根付くあの日の絶望とが鬩ぎあって、それでもまだこうして息をしているということは、バドが毎晩来てくれて与えてくれる熱と温もりと約束がまだ希望となって自分を支えてくれているのだとシドは辛うじて信じることが出来ていた。


だから彼はすっかりと忘れていたのかもしれない。
いくら死して尚、褪せる事無く強い想いが起こした奇跡であろうとも、己も兄も脆弱な人の仔であるということを――・・・・。




つづく





戻ります。