ひらひらと蝶の様に舞いながら、冷たく暗い大理石の床の上に倒れ伏す骸の上に落ちる雪。
仰向けのまま眠るように横たわったそれは、もう何の反応も示さないまま。
「ミザルの・・・シド・・・。」
吐息の様にか細い声を吐き出しながら、回廊の中の、幾本も立ち並ぶ柱の中から、この国に降る雪の如く純白の甲を纏った青年が姿を現した。
目は虚ろに見開かれたまま、黒衣の甲を纏いて横たわる、まるで黒い華の様な青年と彼は瓜二つだった。
白い肌は段々と青白く染まり、その頬は鮮やかな紅い血飛沫が飛び散り、双眸が開かれていた時よりも扇情的だと思えた。
カツン・・・カツン・・・
僅かな距離とは言え、今まで影として生きる事を余儀なくされた彼-バド-にとっては、光である双子の弟の前にその身を晒す事は在ってはならない事だった。
だが、もうそれも過ぎた話。
今は、彼こそが光であり、そこに伏すシドこそが永遠の影であった。
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カツン・・・・
力なく横たわる、弟であったこの男の頭の横で足を止める。
「ふん・・・。」
見れば見るほどに己と瓜二つ・・・いや、俺自身の鏡像と言っても過言ではないほどに、何一つ違いなど見当たらなかった。
「ζ星、ミザルの神闘士・・・。名家の嫡男・・・。近衛隊の優秀な副官・・・。はっ!こうなってしまえば、その肩書きもただの負け犬の遠吠えにしか過ぎんというわけだ。」
その立派な育ちのこの男は、俺の拳の前に無様に倒れていったのだ。
思わず自分の右手を胸の位置に持ち上げ、軽く握りながら、先ほどの感触を思い出そうとする。
が、それを思い出すことも出来ないまま、彼はあっけなく俺の放った憎しみの拳に黙ったまま倒れ込んだ。
「貴様なぞ、その程度の人間だったという事だ・・・・。」
何となく後味の悪さを感じながらも、それでも俺は尚も血を分けたこの男に対する辛辣な言葉を吐き連ねる。
「・・・・・。」
しかし、それでも自分と同じ顔をして、同じ色の瞳を持ち、同じ色の髪を持つ自分以外のこの男をこのまま野ざらしにして置くのも気分が悪い。
それ以前に、このまま放置しておいたら何かと後々面倒な事になるのは目に見えている。
早く、片付けなければならない。
「お前が操る、同じ凍気の小宇宙で、お前を何時までも綺麗なままで残しておいてやるよ・・・。
そしてお前を殺めた男の傍に、その骸は朽ちるまでずっと在る事になるんだ・・・。
それが、お前へのせめてもの情だ――・・・。」
そう一人ごちながら、シドの骸を抱え上げようと膝を折る。
見下ろしていた死顔が、ずっと近くで目に映る。
「な・・・っ!?」
そのとき、言い知れぬ戦慄が俺の身体中を走り抜けた。
漂白された白の様な死人色の肌、閉じられかけている酷くくすんだダークオレンジの瞳、青ざめていく唇が模っていたのは、うっすらとした微笑みだった。
そのあまりにも清廉されたそれに、悪寒がゾクリと背中を駆け抜ける。
「お前・・・、まさか・・・。」
その後の言葉が出てこない。いや、俺の中で言う事を拒否している。
認めぬわけには行かぬ、彼の真意を想像して、吐き気にも似た焦燥が湧き上がり、そのまま俺は彼の抜け殻に蹲っていた――・・・。
物言わぬ骸とその死刑執行人の双子の兄弟の上に、舞い落ちてくる雪の結晶。
それはどことなく、紅の雫をぽたぽたと垂らすように、絶える事無く静かに降り積もり続けていた――・・・。
続 く
戻ります。
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