あの子は何時も雪降る空を見上げてました・・・。
寒いから冷えるから、中に入りなさいと言っても、あの子はまるで雪に魅入られたように返事もせず、その場に居たままでした。
私はあの子に聞きました。
『どうしてそんなに空を見上げるの?』
あの子は私にこう言いました。
『私は雪になりたいのです・・・・。』
あぁ・・・、
その時、あの子の発する視線から逃れる事しか出来なかった私は、自分の保身しか考える事の出来なかった愚かな女でした・・・・。
いいえ・・・私達は・・・。
もう一人の子供を殺したと言う罪悪感から目を背け続ける事が、あの子に注ぐ愛情なのだと信じて疑わなかった愚かな大人でした。
Snow again
そ し て 還 え る 想 い・・・。
「シドは空ばかり見上げているのね・・・。」
大きすぎるほどの広大な土地に立てられた豪邸、それに劣らず冬でも見る者の目を飽きさせない雪景色ならではの施しがされている広大な庭に飾られている大きな石は、まだ幼い我が子には腰掛椅子にピッタリらしい。
そこに寒い中で、その上にちょこんと腰を掛け、ずっと空を見上げ続ける息子-シド-に、白く息を吐きながら、豊かな金髪を纏め上げた彼の母親は苦笑しながら声をかけた。
「シギュン母様・・・。」
「そんなにお空が好きなの?シドは・・・。」
「いいえ・・・空が好きなのではなくて、雪が・・・。」
雪・・・。
その息子の言葉に、彼女の胸はつきんと痛むのを感じた。
雪と氷に閉ざされた大地・アスガルドでは雪はそんなに珍しがるものではない。
しかしシギュンは、降りしきる雪を見るたび、目の前にいる我が子を通じて、もう一人の我が子の姿を見出さずには居られなかった。
全てはお家の為、この国に伝わる因習のため、私達はこの子の半身を寒い空の下、葬り去った。
か弱き赤子だったあの子が、この凍えるほどの寒さで生き長らえられる筈は無いと、それを判っていた上での行為。
この子の半身を、誰でもない私達親の手で殺したとなれば、この子はどんなに私達を憎むだろう。
それよりも、成長するに当たって、この国の因習を知る事になるこの子が真実を知ったとき、どんなに嘆き苦しむであろうか・・・。
悟られてはならない。
この子にだけは真実を隠さなければと。
目の前で無邪気に空ばかり・・・空から舞い散る雪を見つめているシドと、まだ見ぬ成長したもう一人の息子の姿が交互に瞳に映る母親に気づかずに、シドは事も無げにこう言った。
「私は雪になりたいのです・・・。」
「え・・・?」
予想もしなかった答えにシギュンは、僅かに動揺の色を瞳に見せるがシドはそれには気づかなかった。
「どうして・・?」
それでも、手に持っていた外套をすっぽりと小さな身体の上に掛けて、そのまましっとりとした白いたおやかな手を肩の上に乗せながら聞いてみる。
「・・・優しい・・・から?」
聞かれたシド本人も、的を得ない答えのようで不思議そうに顔をしかめている。
でも、今、この場所に居る自分と母親だけに留まらず、分け隔てなく満遍なくその儚い身である結晶をはらはらと舞い散らせる雪は、幼いシドの心の中にずっと同化願望を抱かせていたのだ。
それがどうしてなのか、今の彼には知る由も無かったのだが、母親がどこか悲しみを感じさせるような顔つきで問いかけられ、答えなければならないと思ったのだが、どうしても上手く説明出来ないで居た。
でも、母はシドのその懸命に考えた答えに満足したようで、ふとその肩に積もっていた雪を軽く払い、大岩に置いてあったシドの小さな木の葉の様な手を取った。
「もう戻りましょう・・・。お父様も心配なさるから。」
「あ・・、ハイ。」
やんわりと立ち上がらせ、腰ほどの背丈の息子の肩を軽く抱くようにして家に戻るように促しながら歩くシギュンの横で、シドはまだあの場所で雪を眺めたくて、名残惜しそうに後ろを振り返りながら、戻って行った。
・・・・あの子が、シドが何故あんなに雪に魅かれていたのか、それが判ったのは、神・・・オーディーンの下へ召されてからでした。
祖国の為に戦って、その身体が何の形も無くなり、あの日に見ていた雪の様に真っ白な灰になり、小さな壷に収められたあの子を、私は訊ねて来たもう一人の我が子-バド-に託しました。
無言でそれを受け取り、言葉を交わすことも無く去って行く、あの子の半身、あの子の兄の背中を見ながら、私は空を見上げました。
これで良かったのよね・・・?シド・・・。
全てはあの子の意志だったから。
十年前の遠乗りの時に、出会った少年が我が子とは気づかずに知らないフリを続けていた報いをあの子は一身に受け止めていたから。
整理していた遺品の中から出て来た無数の紙の束に綴られていたのは、バドに充てられていたあの子の感情と後悔の筆念。
そして、その中に書かれていた言葉はあの子のたっての願い・・・。
“もし、私が召されたら――、
その時は・・・・、
雪の様にあの場所へ――・・・・。”
あの子は空ばかり見上げていました。
何故かと問うと、雪になりたいと答えました。
それはどうして?と更に問うと、あの子はふわりと笑ってこう言いました。
それは、まるで触れれば崩れ融けてしまう雪の結晶の様な微笑で・・・・。
『雪になれば、場所も距離も飛び越えて、優しくあの人の傍に降り積もる事が出来るから・・・・。』と――・・・。
TO BE CONTENUED・・・
戻ります。
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