雪の大地の胎動に合わせて私の器であった身体はこの大地に同化して、血の巡りの如くに御霊は過去と現世から来世へと飛び立つその日の為に睡に蕩とう。
固く閉じた彼の目蓋の裏に宿るは、非業の運命に翻弄され続けた近しい半身の憎悪と苦渋に満ちた・・・だが、最後の時に見せたあの日の眼差しの、優しくも哀しい夢だった――。
梧 桐 の 現
~夢 が 瞬 く そ の 場 所 で~
温かく心地良い羽毛に包まれているが如く、うつらうつらとする意識が時折鮮明になる時、それはこの場所に双子の兄が来た時だった。
身体はとっくにあの日に朽ち果てた私は次の世界に覚醒する為に必要な、長しえの睡についている筈なのに、彼の足音、気配、そしてこの場所にいる私にかけられる声に、目は冴えていく。
その度に、兄と私を繋ぐもの・・・、形の無い存在となった私にはどれだけ時が流れたのかはもう知る術も無いが、あの聖戦を思い出す。
聖戦から遡る過去・・・、この国に古くから伝わる因習に従い捨てられた兄と選ばれる呪いに捕らわれた私。
そこから別れた道が、皮肉な形で一度交わるものの深い亀裂が生じ、私は自分を、あなたは私を深く疎んだ。
そして迎えたあの日の聖戦で、私はあなたに殺される事で全てを終わらせようと思っていた。
だが、あなたは私を救おうとしてくれた。
撃とうと構えた拳が力なく下ろされたその時に、私の独りよがりな想いが全て報われたと思った。
その代償の様に訪れた永久の別離、そのまま薄れ行く意識が最後まで途切れるまで、あなたの私を呼ぶ声と私を見つめていた同じ色の瞳の眼差しを、ずっと死んでも忘れないと刹那の時の中に強く願った・・・。
今日もまた、あなたの私に語りかける声が途絶えた筈の感覚から染み渡り、ここに止まり続ける魂に響く。
死して尚も、あなたが私の元にこうして来てくれる事、それがとても嬉しいと思う反面、どうしようもない焦燥感に見舞われることも確かで。
長しえの睡があなたが来るその度に妨げられるのは、明らめたはずの想い故?
私は形になるものを何も持たず、何も見えず、土の棺で睡る中から、ただあなたの声を聞いて過去を思い描いているけれど、それも段々と他人事の様に残像になっていく。
その声は確かに覚えているのに、私たちを結ぶ過去は確かにあったはずなのに、肝心のあなたの顔や自分の姿、最後の邂逅の際にこの身に纏いていたはずのミザルとアルコルの星に選ばれた証の甲冑すらも褪せてきている。
全てを忘れてゆるりとした大きな流れに身を任すことが出来ないと言うならば、せめてこの意識の一部分だけでも取り外して、自分達の過去があった事を証明する物を確かめたい。
このアスガルドの夜空に瞬く北斗七星・・・、自分達を宿命つけたミザルとアルコルの星の輝きだけでもせめて・・・・。
そして彼はまた夢を見るために仄かな睡りに落ちていく――・・・。
一人雪原に俯き涙する兄にそっと両手を伸ばしてその濡れた頬に柔らかく触れ、その感触に驚き顔を上げる兄の表情が、見る見るうちに喜びに綻ぶのを彼は幸せそうに見下ろしている。
――姿が変われども、私はここに居ます・・・・――。
もう言の葉で伝える事は出来ずとも、その気持ちを満遍なく伝えるようにして、まだ肌寒い春の風にそよそよと靡くの青々と生い茂った葉と、空に向って伸ばした腕の如く無数の枝のしっかりとアスガルドの大地に根付いた生命溢れる大樹に彼は宿っていた。
バドにはきっとシドの気持ちが判っているであろう、太い幹に慈しむようにその掌で触れて唇を寄せ、その瞳は悲しみではなく嬉しさにまた潤み始めている。
そんな幸福な夢を抱きながら、彼は長い長い夜の時の睡りに身を横たえていた――・・・。
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