箱庭隔離―雲隠れの落日―





外面のきらびやかさだけに目が行って、それに目を奪われ内部を覗き見たのが最期、闇の中に取り込まれる。
それは果たして何を示すものだろう・・・・?
昨日まで無かったはずの、この真っ白な吹きさらしの雪原に染み出た、血潮の様な花を咲かすように広がる真っ赤なテントのことか。
それともそれを見つけてしまった、私自身を指し示すものなのか――・・・・・?



箱 庭 隔 離
雲 隠 れ の 落 日



それは、明らかに目に見えて不自然な光景だった。
幾本もの丈夫な丸太を組み立てた小屋であっても、その凶暴な牙をむき出しにするここアスガルドの冬の精によって無残にも吹き飛ばされるものもあるというのに、ここに経つこぢんまりとした真っ赤な布張りのテントはそんなものは我知らずと言った様に、しっかりと白い大地に根を下ろし、黒い入り口をじっとそこを見つめている少年を誘うように広げていた。
「・・・・・・・。」
轟々と吹き荒ぶ、その白い消滅を辛酸するようなこの場所に、猫の様な夕日色の目を更に丸くして、緑青がかる銀髪の上に被る、外套につくフードを暴走する風によって取り払われて、刺すような寒さが一気に押し寄せても、少年-シド-は構わずにその入り口を凝視していた。



周りの大人達が口々に囁く噂話。

あの館の当主にはもう一人のご子息がいた。
体面を守る為に捨て去られたもう一人の命。

あの子が生きていた。
あの子には知られてはならない。

あの子は自分自身の兄弟を犠牲にして生きている。
虫も殺さぬような顔をして――!!


どいつもこいつも外面だけは立派なもので、自分に接する時はその能面の様な顔に目一杯の賛辞と世辞を貼り付けて近寄ってくる。
自分を産んだ父や母も同様で、心の底では何を思っているのか計り知れない。
そんなどうでもいい大人達が、どうでもいい時間を共用している間にポロリと漏らした言葉。


シド様・・・、最近ふもとの村では子供が居なくなると言う事件が多発しているのですよ?
何でも間一髪に子供を引き止めた親御さんのお話では、真っ白な雪の中、真っ赤なテントがある日に突然立っていて、闇の様な入り口が扉を広げて待っているそうなのです。

馬鹿馬鹿しいと聞き流しながら、第一そんな目立つ妖しげなものが雪の中に立っていれば、一緒に居た大人達だって引き止めるだろうと思ったシドの心を読んだかのように、彼の髪を梳いていたメイドはまた言葉を紡ぎだす。


それが大人にはどんなに目を凝らしても見えない、ただの雪原にしか見えないのに子供にだけは鮮やかな血の色の様な真っ赤なテントが見えると言うのです。
きっと子供は純粋だから、我々大人には見えない世界が見えるのだろうかと・・・。
ですから大人達は、それはきっと子供を欲しがる悪魔の様な神の仕業として、いくら神の思し召しでも可愛い子を自分達の手から引き離されるのを阻止しようと必死で子供達を守っているとのことですが・・・。


何を言うのだろうか?
子供達を守る?
神の思し召しだと?


その神の思し召しで授けられたもう一人の子供を、他の誰でもない親自身の手で捨て去った大人がこの場所に居るだろう。
自分達の身を守るため神の元に還す為にこの極寒地獄の様な大地に置き去りにした大人が、神を重んずるはずの人間が、同じ人間の作った因習にまんまと踊らされた大人だってここに居るだろう!?




もう幾度と無く足を運んだこの場所は、初めてあの子と出逢い、そして全てを知った場所。
生まれてすぐに捨てられたもう一人の自分自身のあの子。
逢いたいと思ってここを訪れても、何も手がかりもあるはずは無く、それでも意地汚く何らかの手がかりを求めて、周りの人間をだまくらかして抜け出してきて、落胆して帰路をたどる毎日。
だけど今ここに、新たな足掛かりとなるかもしれない、しかし破滅への入り口かもしれない妖しのそれが在る。

別に良いとシドは思った。
あの日からどんなに自分が彼を欲していても、それをずっと我慢して飢えてまで生きるよりは、このままここで悪魔の様な神とやらに魂を喰らわれても構わない。
そうなれば、あの日に棄てられた彼が迎え入れられると言う可能性だって生まれてくるんだ。
神よりも親の情よりも、自分達が大事なあの人たちならばきっとそうするに違いない。
凝視していただけの入り口に、シドはざく・・と音を立てて、真っ白な雪に足跡を付けながらその入り口に距離を詰めて行く。



「・・・・・・!」
真っ赤なテント張りの中身は、外面からの大きさを裏切らずの広さであり、日を遮る造りであるので真っ赤な布は黒ずんだ血の色の様な暗さだった。
そこにずらりと立てかけられているのは磨かれた銀の月の様な幾枚もの鏡。


その一枚一枚に映されているのは呆然と佇むシド・・・の姿ではなく。
「あ・・・、あぁ・・・・。」
まるで自身の記憶の映画の様な光景にシドは声を上げる。


あの日の遠乗りの際、短刀を投げ渡した少年の姿だけがクローズアップされる様に、画面のような鏡全てに映される。
衝撃に討ちひしがれて哀しげに瞳を細めて、次に目を憎憎しげに大きく見開く彼。
そして大きく腕を振りかぶり、短刀を雪の中に叩きつけようとする・・・が、不意に鏡の中の彼がシドの方に向き直る。
鏡の中と外で交差する、決してこの世では交わるはずの無い同じ双つの視線。
「・・・バ、ド・・・・。」
絞り出すように声を上げれば、鏡の中の彼もまた、憎憎しげに目を細め、手にしていた自分の短刀を鞘から抜き出して、それをシドのほうに向けてくる。
その鈍色に煌めく切っ先に引き寄せられるように、シドは恍惚とした表情でそちらにまた一歩一歩足を進めて行く。
「やっと・・・逢えましたね・・・・。」
うわごとの様な、熱に浮かされた夢遊病者の様な声色で、近づいた一枚の冷たい鏡に掌を触れさすと、鋭い痛みがそこを刺す。
ぽたりぽたりと滴るのは、生身のシドの掌から溢れ出る血潮。
周りを取り囲む鏡の中に映される無数の彼が持つ短刀からの切っ先にべとりと付くのは、綺麗な朱色。

だがシドは、そんな痛みに構わないように、大きく両腕を広げて、鏡の中の兄を抱きしめようと切っ先の上に心臓を乗せるように体を近づけていく。










――・・・・、




私も・・・・









連れて行って――・・・・・・。
























瞬間、そこに建っていた真っ赤なテントは、煙の様に消え去って、後に残るのは変哲の無い日常と同じような真っ白な雪原へと戻っていた。
ただ一つ、その白い丘の上に点々と滴った、鮮やかな血潮を残したまま・・・。







そしてその数日後・・・。
「・・・何だ?・・・これは・・・?」
アスガルド一の名門の家に引き取られたと言う、ただの村人だった子供の目の前に、あの日よりも更に真っ赤に染まったように見えるテントがぽつんと現れたのだった・・・。


幻影移動サァカス-今宵拓は歪んだ逸話-






戻ります。