バレンタイン猗窩童

その②

猗窩座視点

「あーかーざどのー♪」 きらっきらの笑顔を振りまきながらブンブンと片手を振り回し駆け寄ってくる童磨に俺の足は止まる。 着ている服は制服ではなくジャージだから次の時間は体育か。にしてもなんだそのあざとさを感じさせる着方は。萌え袖という奴がこれほどにまで似合っていいと思ってるのか。可愛いから許すけども。可愛いは正義。 「なんだうっとおしい」 「んもぅ、つれないぜ猗窩座殿」 あくまでつれない態度を装いながら、むむぅと唇を尖らせる童磨の真正面から顔をそらす。だから何だってお前はそんなに可愛いんだ。押し倒されたいのかこの野郎。 「そんなつれないところもあなたの魅力なんだけどもな」 ズギュウウウウウウウウウウウウウンンンンンンと、俺の心臓から馬鹿でかい音が聞こえてきたと同時に、確実にぶち抜かれた。何かって、童磨が的確に撃ってきた恋のバズーカー砲に。 「ん゛ん゛っ!!」 「え、何? どうしたの猗窩座殿胸抑えちゃって?」 不整脈が続くなら一度見てもらった方が良いぜと見当違いな心配をする童磨と、そんな俺たちを見ながら生温い笑みを浮かべながら通りすがるモブたち。 やめろそんな中途半端な菩薩のような顔でこっちを見るな。 (お前も大変だな…) !コイツ直接脳内に…!? まあそんなことはどうでもいい。分かってくれるかコイツのこの純粋なまでの鈍感さに。 (頑張れ猗窩座くん!) お前もかブルータス…! いやそれはまあいい。頑張れと言われてもこれ以上どう頑張れと言うのだ。 出来る限り一緒に登下校して、昼飯も学年は違えど一緒に食って、休日は毎週とは言わないがお互い一緒に遊びに行っている。ここから先マジでどうしろと? (ちくわ大明神) なんだ今の。 とまあ以上のやり取りで分かったように、この無駄に顔の良い先輩と俺との関係は単に先輩後輩という間柄ではない。家は近所で幼なじみであり、物心ついた時からずっとそばにいて、俺が一方的にコイツに想いを抱いているというありきたりと言えばありきたりな関係だ。 だが、ありきたりではない関係性でもある。 俺には前世の記憶がある。はいそこ、ドン引きしない。言っておくが俺だけではない。この学園にいる何人かは現世以外の記憶を持っているし、童磨も例外ではない。 じゃあその前世の記憶をどうにか活かして童磨とくっつけばいいだろうというだろうがそう簡単なことじゃあない。 前世の俺と童磨の関係は一言でいえば最悪の状態だった。最も童磨は俺に対してどうにか仲良くしたいという気持ちでいてくれたのだが、その当時の俺は自分の弱さを認められないが故の呪いに陥っていたため、コイツのやることなすこと全てが気に食わなかった。 ちなみに俺と童磨の前世は鬼と呼ばれる存在だった。弱点である首を特殊な素材で作られた刀で撥ねられない限りは無限に再生を繰り返すし、食べ物も人肉や血以外は受け付けないという、まさに人外そのものである。 そして鬼の世界はまさに弱肉強食であり、戦う物だけが生き残る、敗北者は死ねを体現するかのような組織であった。俺はその組織の中でトップ3の座にいたが、元々童磨は無名の頃から徐々に実力を伸ばしていき、入れ替わりの血戦と呼ばれる言ってみれば下剋上のシステムを使って俺を打ち負かし、当時ツートップだった俺を3の座に転落させたにっくき鬼だった。 …分かってる皆まで言うな。俺が抱いていた感情は単なる逆恨みでしかないということは。 そう、それすらも見て見ぬふりをし続けてきた俺は、序列が上になったコイツの懐が広いことを良いことに、ボカスカボカスカと手を上げ続けてきたんだ。 …分かっている返す言葉もない。いくら俺自身がその弱さを受け入れられなかったからといって、それは童磨には欠片も関係ない。童磨は実力で俺を追い抜いただけであり、しかも俺だけではなく他の鬼たちとも仲良くなりたいと言っていてそれを体現してきたのだ。 加えて童磨は稀有な外見から両親から神の子として祀り上げられてきた上に、彼らが作った新興宗教の教祖として据えられた。本人の意志は全く無視されて、だ。その新興宗教だって信仰心に付け込み暴利を貪るなどという悪徳なものではなく、生活困窮者を救い上げる駆け込み寺としての役割を担っていたのだから全くもって恐れ入る。 話は逸れてしまったが、つまり俺と童磨には前世の記憶があり、俺はこいつに心底惚れ抜いているのだが、百年以上反抗期と言われても何ら返す言葉もないほど拗れに拗れていた過去の俺の所業もあって、これ以上先に進むことが出来ないのだ。むしろ鬼としての生を終えたとき、地獄で童磨と再会したときにようやく俺にかけられていた”呪い”は解けた。童磨がどれだけ俺に心を砕いていたか、そして感情が希薄なコイツが俺が死んだことを悲しく思ってくれていたこととか、たくさんたくさん話して、それぞれ罪を償うために地獄へと向かった。 願わくば、次に生まれた先でも必ず会おう。その時は親友としてという約束を交わして────…。 普通に考えたらそんな約束なぞ反故にしてくれて良かったのだ。手前勝手な理由を付けて手をあげ続けていた男と親友になろうなんて、よほどの酔狂者に他ならない。 だが童磨はあっさりと俺を見つけて親友になった。『約束したものな。俺たち、今度こそ親友になれるよね』と笑いかけるコイツに感極まって抱き着いてしまったのは、正直今思い返すとドキドキものだ。あの時のあいつはそれはそれは可愛い顔をしていて、ものすごい甘い匂いがして…とまた話が逸れた。 なのでこれ以上の関係は望めない。望んではならない。過去に散々な仕打ちをしでかしてきた挙句、親友としての関係を築き上げ、信頼を寄せている男が、言うもはばかれる薄汚い欲望を抱いていると知ったら? あいつの笑顔を曇らせることも、気持ちを踏みにじる真似も二度としたくはないのだ。 「猗窩座殿ー。本当に大丈夫??」 「心配するな、俺を誰だと思ってる」 尚も心配そうな顔を向けてくる童磨に俺は後輩兼親友の顔を貼りつけて向き直る。じっと見つめてくるオパールのような綺麗な瞳。敬虔な信者ならたちまちのうちに心酔するのだろう。最も俺にとっては不純な下心を見透かされる真実の鏡のようだが。 「うん、いつもの猗窩座殿だなぁ」 けらけらと笑う童磨につられて俺も笑う。我ながら心を隠すのは上手くなったなと思う。”昔”はあれほど考えるより先に手が出ていたのに。 「ところでお前、その紙袋はどうした?」 「あ、これね。貰ったチョコレート」 なんてことない風にサラッと言う童磨に、やはり隠し通すと決めたとはいえツキリと心が痛む。そうか、今日はバレンタインだものな。これだけ見目のいい童磨のことだ。いつかはその隣に俺以外の誰かが並ぶのだろう。 こうして隣を歩けること。構い倒してくること。"昔”は気づきもありがたみも感じなかった当たり前がどれだけ貴重なことかがまた一つ俺に突き付けられる。 「なんだそれは。一つも貰えなかった俺への嫌味か?」 本当は違う。俺にチョコを渡してくる女は確かにいた。だがそれは全部きっぱりと断ったが『これ、童磨くんと食べて』と有無を言わずに押し付けてきた。 ちなみにその中には見知った顔もあれば見たことのない女もいた。俺としては童磨と一緒に食うことを前提としていても、童磨以外の人間からチョコをもらうなんてまっぴらごめんだったが、俺だけではなく童磨と食えと言われている以上俺の独断で捨てるわけにはいかない。だがそれでも口にするのは悔しいのでそう嘘を吐いた。 「ちがうよぉ~」 そう言いながらカラカラ笑う童磨はあのね、と前置いてそっと俺の耳元へ顔を近づける。おい馬鹿やめろ。なんか甘くて香しい匂いがするし今にもその柔らかい胸が当たりそうで俺の俺が暴走しそうになるからホント止めてお願い。 「コレ、猗窩座殿にもって女の子たちからもらったの」 「は?」 なんだそれは? 何故童磨を経由して俺へのチョコレートを渡そうとする。これはアレか? 童磨が話しやすいのをいいことに俺へチョコを渡す算段なのか? 知らず顔が険しくなる。何故好きな奴から何とも思っていない人間たちのチョコを貰わなきゃならんのだ。そして俺の童磨を良いように使うな腹が立つ。 「ちょっとちょっと猗窩座殿。俺素直に言ったんだからそんな怖い顔しないでよ~」 童磨に言われてハッと俺は顔を元に戻す。そんなに険しい顔をしていたのか俺は。”あの頃”のようにいたずらに童磨に向けていた私怨丸出しの表情は見せたくないというのに。 「あ、いや…すまん。大人げないな俺も」 「いいっていいって。食べ物の恨みは実に恐ろしいっていうからね。いくら何でもこんな量一人じゃ食べきれないし」 「ん? おい。俺にあてられたチョコだろう? 何故それをお前が食べるんだ??」 「え?」 「え??」 話がかみ合わずに思わず顔を見合わせること数分。あ、俺言ってなかったなと合点がいった童磨はガサゴソと紙袋を漁って一つのチョコを取り出す。 「ほら、これ」 割と大きめの箱に挟まっているグリーティングカードには『頼田君と氷雨君へ?仲良く二人で食べてね』というメッセージが書かれている。 「これだけじゃないんだよ。ホラ」 グリーンの包装紙で包まれているチョコを持っててと押し付けた童磨が、袋を広げて中を見せてきた。なるほど、どれもこれも一人で食べるには多すぎる量のチョコばかりで、中には大容量のキッ〇カッ〇も入っている。 うん、明らかに本命のチョコではないな。つうか手作りのチョコは明らかに入っていないなよしよし…って、そうじゃないだろうが俺!!! 「だからこれ、一緒に食べよう?」 ダメ? お願い??と可愛く小首をかしげてくる童磨に、いやもう本当押し倒していいよなコレいやいやダメに決まってんだろという天使の俺と悪魔の俺が攻防する5秒後、お前ら落ち着けと第三勢力の俺が天使と悪魔の俺の頭を叩き落とした。 「…まあ、構わないが…」 「やった! そうこなくちゃ猗窩座殿?」 早く食べよう今すぐ食べよう?と俺の手をぎゅっと握ってずるずると引っ張っていく童磨に、飼い主を引きずっていく大型犬の姿を何となくふと重ねてしまった。 ところ変わってここは屋上。二月も半ばに入り、時折春の息吹を感じるこの時期は、俺たち以外にもここでまったりと過ごす奴らがチラホラいる。 とはいっても今日は割と風が冷たい日なので、出入り口の扉を開けてみると見渡す限りは誰もいない。どうやら今日は俺たちの貸し切りのようだが、色々詮索されるのも面倒なので入り口から入って死角になる角の方へ歩を進めた。 少々日陰にはなっているが今は南に太陽が昇っている時間なので、フェンスに背をかける形で座れば温かさは確保できる。俺の隣に並んで座った童磨は紙袋からよいせよいせとチョコを取り出し並べていく。 「猗窩座殿はどれがいい?」 ずらっと揃えられたチョコを改めて見ると、少々値の張るブランド物もあれば、キッ〇カッ〇やFl〇tieという手軽に買えるチョコもある。 「…じゃあキッ〇カッ〇で」 「りょーかい♪」 バレンタイン仕様の包みを開いて一つ取り出して更に包装紙を剥いた後、ぱきっと割った片割れを差し出してくる。 「ん」 「ああ、ありがとな」 半分に割ったそれを素直に受け取りパクリと口に含む。甘いチョコレートとサクサクとした触感がいつ食べても美味い。抹茶味とかホワイトチョコレートとかビター味とか色々あるが、やっぱり俺は何の変哲もないチョコレートスナックの味が好きだ。 「うーん、俺はやっぱりこの味がいいなぁ♪」 「だよな。色んなフレーバーが出てるがやっぱり実家に帰ってきたような安心感がある味だ」 「ははっ! 確かにね~」 そんな他愛のないことを話しながら笑い合う俺たち。”昔”の自分が見たら卒倒するであろう位に平和な時間だ。 そもそもキッ〇カッ〇の袋詰めなのだから量はまだまだたくさんある。にも拘らずその中からたった一つを取り出してあまつさえ半分に割って食べるという発想が出てくるコイツと、それを当たり前のように受け止めている俺も改めて考えたら大概だなと思う。 「猗窩座殿、まだ食べるかい?」 「そうだな」 そう言いながら新たなチョコを取り出して袋を破る。甘い匂いが鼻腔をくすぐる中、二個目のキッ〇カッ〇に首を伸ばしてぱくつくとふふっと笑う童磨がいる。 「なんだ?」 まるで花が綻ぶような笑顔というのか。”昔”から見てきたはずなのに改めて見ると本当に綺麗な顔で笑う奴だなと見とれていた矢先、その笑顔のまま破壊力抜群のロケットランチャーがぶち込まれることになろうとは夢にも思っていなかった。 「うーん、今ちょっと思ったんだけどさ…」 ────…こうしていると俺たち、まるで付き合っているようだね。 「……………は?」 何を言われたのか理解不能だった。え、パードゥン? 「だってさ、今はその限りじゃないけど、日本のバレンタインって本来は好きな男の子に女の子からチョコを渡す日なんだろう? 俺は男だけど猗窩座殿のことが”昔”から大好きだし、もし俺が女の子だったらなんてふと思っちゃったんだ」 俺は今試されているのだろうか? チッチッチッと爆発へのカウントダウンのタイマー音が脳内で聞こえてきた。もっともそれは幻聴ではあるが。 「ね、猗窩座殿はどう思う?」 どう思うって何がだおい。俺がお前をどう思っているかってことか? そんなの好きに決まっているだろうLikeじゃなくてLoveの方だ。 「…あ、あー…その…」 なんてことは言えずに必死に言葉を探していると、目の前の童磨の頬が何故か赤くなっている。おいどうした? まさか風邪でもひいたのか!? 「えーっと…」 もじもじと膝の上に置いてあるキッ〇カッ〇の袋を手持無沙汰に弄っている手の動きに目が行く。その手を取って指先に口づけたりしたらお前はどんな反応を示すのだろうか。 「っ、あー! もう猗窩座殿!!」 「な、なんだ!?」 必死にかける言葉を探していたのに、珍しくいきなり声を荒げられて思わずビクッとなってしまうが、目の前の童磨の真っ赤な顔を見て強制的にすべてを覚らされる。 「お、お、おい、俺はまさか…」 ざぁっと血の気が引いていく。頼む間違いであってくれと願うばかりだが、目の前の男は赤面したままぼそり、と『全部言葉に出ていたよ…』と無情な現実を突きつけにかかった。 ボカン! と脳内で炸裂した爆発音と同時にアーーーー ー ー ー ー ー ー ー ーッッ!!!!と、90年代に見かけていた分厚い電話帳が引きちぎられたかのような声をあげながら俺はフェンスによじ登っていく。 「ちょーーー!! 何してるの猗窩座殿!?!?」 「頼む、離せ、俺は来世に賭ける!!」 「待って待って待って!!現世はあっても来世がある保証はないだろ?!落ち着いて猗窩座殿ーーー!!!」 …脳内ボンバーの爆風に任せて現世からの脱出を試みた俺だが、結局は童磨の渾身の力によって引き戻された。 ぜぇはぁ、ぜぇぜぇと互いに息をあらげながら見つめ合うこと数分。 「…もういっそ付き合っちゃう?」 ポツリと溢された童磨の言葉に俺は再びフリーズし、言われた言葉の意味を理解した頃、夢だけど夢じゃないことを確かめるために思いっきり己の頬に右ストレートを見舞った。 世にも珍しい童磨の悲鳴を聞きながら暗転していく視界に、あ、やべえわコレとなったが時すでに遅く、俺の意識は混濁の中へと沈んでいった。 「ん…?」 気が付くと俺の身体は少し硬いベッドの上に横たえられていた。天井に映るのは年季の入った蛍光灯と白い天井。加えて鼻腔には独特の匂いが漂ってくる。 俺は一体どうしたんだったか…?と考えていたら、ぴりっと痛みが走って思わず顔をしかめる。 横たわったままで記憶を整理しようとしたところ、廊下からパタパタと足音が聞こえ、ガラガラとドアが開く音が聞こえた。 「猗窩座殿!」 「!!」 途端に聞こえてくる童磨の声に俺は全てを思い出し布団の中へと潜り込もうとするが、ジャッとベッドの周りを取り囲んでいるカーテンを勢いよく開かれる方が早かった。 「ど…っ!?」 流石にあからさまに布団の中へと潜り込んでやり過ごそうとするのはヘタレすぎる。なので腹を括って童磨の方を見れば今にも彼は泣きだしそうな…というか既に虹色の瞳からぽろぽろと雫をこぼしていた。 なんだ一体どうしたんだ?! ハッ! もしかして俺の知らない場所で誰かに絡まれたのかと、ガバっと起き上がった俺に童磨が抱き着いてきた。 「な!?」 「猗窩座殿の馬鹿っ! また俺を置いて先に逝っちゃったかと思ったんだから…!」 「!」 童磨の言葉に一瞬飛んでいた告白の事実とコイツの言葉を思い出して、たちまち羞恥心に見舞われる。だが童磨の腕が俺をぎゅうぅうと抱きしめて離れないため、隠れることも出来ない。 「あーー、くそっ…!」 口から出た言葉はまぎれもない本心だ。出来ることなら取り消したくない。 そして童磨が言っていた言葉も流したくはない。だが本当に良いのだろうかという気持ちもぬぐえない。 「…童磨、いったん離れてくれ」 「…もう逃げない?」 俺の肩に頭を突っ込んだぐぐもった童磨の声に、俺はああ、と返しながら白橡の髪をそっと撫でた。 顔を上げた童磨の泣き濡れた顔はやっぱり綺麗で、それと同時そんなに心配をかけてしまったのかという申し訳なさと心配してくれたことに対しての嬉しさが徐々に湧き上がってくる。 「逃げない…。だから俺の気持ちを聞いてくれるか?」 万感の思いを込めてそう言えば、童磨はこくんと頷いてくれた。 「…さっきも言ったように俺はお前のことが好きだ」 「うん…」 「友情とは別の意味でだぞ? その…、生々しい話をするが、いずれはお前の心だけじゃなくて身体も欲しいと思ってる」 「っ…」 童磨が息を飲むのが分かる。無理もない。親友だと思っていた男にそんな目で見られていたのなら、嫌悪するのだって当然のことだ。 「…付き合ってみる? とお前は言ってたよな。これを聞いて無理だと思ったなら取り消しても距離を置いてくれても構わない。ただ…」 ぎゅっとベッドの横にある椅子に腰を掛けている童磨の両手首を知らず握り締める。逃したくない、聞いてほしいという気持ちが露になる。 「…親友でいることだけはどうか赦してほしい。お前への汚い感情は全部捨てる…。だからそれだけは、どうか…」 すべらかな手を握りながら俺は懇願する。虫がいい願いなのは百も承知だ。お前への優しさに付け込んでいることも理解している。だがそれ以上にお前と共に居たい気持ちは捨てられないことは分かってもらいたい。 「…猗窩座殿、泣かないで」 泣いている? 俺が?? そう意識した途端、ぼろりと熱い雫が瞳から零れ落ちそうになる。と同時に、目尻にそっと童磨の唇が触れた。 「ど…っ!」 「これ、覚えてる? 猗窩座殿が俺にしてくれたことだよ」 覚えている。忘れるはずがない。地獄へ堕ちて色々話をしたときに泣きだしたコイツの涙を、首だけになってぬぐう指がない童磨に俺がやったことだ。 あの頃は親友という認識の元やっていたが、恋心を知ってからおいそれと触れられなくなってしまった。 「…猗窩座殿は俺の身体だけが目当てってわけじゃないでしょう?」 「っ! 当たり前だ!! 俺はお前の心も身体も全部もらい受けたいんだ!!」 噛みつくようにそう答える。心が手に入らないから身体だけ…などという考えは想像するだけでも反吐が出る。俺は童磨を気軽に犯したいダッチワイフにしたいわけじゃない。身も心も結ばれた唯一の存在の位置に置いてほしいし置きたいのだ。 「…だったら俺がお付き合いの言葉を取り消すことはないなぁ。ずっと、俺が気付くまで、親友として大切にしてくれた猗窩座殿だから、俺も付き合ってみたいって思ったのだから」 そう言って笑う童磨に俺は目を見開いた。これも夢か? 夢だけど夢じゃない再びか?? 「おっとおっと猗窩座殿。二度目は流石に頂けないよ?」 今度は左手を握り締めて思いっきり頬を殴ろうとしたのを見咎められ、そっと手を置かれて止められた。気まずさからうっと唸ってしまう。 「…本当に、本当か…?」 「本当だよ。猗窩座殿。猗窩座殿が俺に抱いている熱量と同じとは言えないかもしれないけど、俺は猗窩座殿だから付き合いたいって思ったんだよ」 それでも良ければ俺と付き合ってほしいと虹色の瞳をまっすぐに向けられた俺は、思いっきり童磨の身体を抱きしめる。 大柄で温かいどことなく柔らかい豊満な身体と甘い匂いを余すところなく堪能する俺の背中に、ぎゅっと童磨の両腕が回される。 やがてどちらからともなく一度身体を離して見つめ合うこと数秒。そっとお互い顔を寄せ合ってそっと口づけを交わせば、ほんのりと甘いチョコの味が唇から広がっていったのだった。


脳内対話とちくわ大明神が真っ先に浮かんで書いた片思いからの両思い猗窩童ですv
ホワイトデーはくっつけてくれた女子たちのお返しを選ぶためにもちろんデートを兼ねて二人で行きました♪
ちなみに以下↓は猗窩座視点の恋心をあきらめた没バージョン。

没展開

袋の口を開けたキッ〇カッ〇を適当に一つ取り出し、俺も包みを開いて半分に割ると、あーんと唇を軽く開いて待つ童磨の中へ入れようとして、傍とその動きを止める。
「? あれ? 猗窩座殿??」
いつまでもやってこないチョコレートを不審に思ったのか、童磨はこてりと首を傾げる。
「なあ童磨…」
「うん? どうしたんだい猗窩座殿」
唐突に気づいてしまった。普通に俺たちは親友として距離が近い。さっきまで本当に当たり前のように一つのチョコレートを半分に割って食べさせていたが、こんなことは恋人じゃなくたって親友同士でもできるということに。
無理に恋人にならなくたっていいじゃないか。だって童磨はずっと”昔”から俺と親友になりたがっていたのだから。このままでいいじゃないか。
そう考えると、ずっと童磨に抱いていた自分の気持ちがきれいさっぱりと浄化していくのが分かった。恋心が冷めたというわけではない。友情がそのまま恋心を取り込んで、更に強固な絆に転じたと言ってもいいだろう。
「…俺たち、ずっと親友でいような」
「…当たり前じゃないか猗窩座殿。俺は”昔”からずっとあなたと仲良くしたいって思っていたんだから」
何があったとてもう離れないと童磨は俺の額にこつんと頭をぶつけてくる。”昔”ならば考えられず、恋心を自覚してからはドキドキしていて顔を赤くするのを止められなかったこの動作を俺は凪いだ気持ちのまま受け止めていた。






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