X'mas love is amazing1



地獄と天国と愛情炸裂

その言葉はまさに猗窩座にとって青天の霹靂兼死刑宣告のようなものだった。 霜月の中旬に告げられた一か月弱の出張。好きで就いた仕事であるため出張自体は別段何の文句もないが、問題はその時期だった。 一か月弱の出張なので年末年始には終わるようにという計らいはあるものの、思い切り被っているのだ。 童磨と過ごすはずだったクリスマスと。 ”この日はいっぱいごちそう作るね!”と嬉しそうに笑っていた恋人の顔を思い出すとやるせない気持ちになる。 入社して三か月ほどでめきめきと頭角を現し、半年足らずでの出張はかなり期待されているということなのだが、それはそれ、これはこれだ。 日本ではクリスマスは別に祝日ではない。一大イベントとしてカウントされているが浮かれる日本人が多いだけの単なる平日にしか過ぎない。更に言えば”昔”はそんな行事など欠片も知らなかったし興味もなかった。 だが、今生で童磨と生きることを決めた猗窩座は、少しばかり恋人の行事を堪能したいという望みを抱いてしまった。しかし人生、そう甘くはないかと無理矢理気持ちを切り替えて、その日はどうにか仕事に励んだ。 とぼとぼと足取り重く帰ってきた自分を童磨はお帰り猗窩座殿と優しく出迎えてくれる。 「た、だいま…」 虹色の瞳と白橡の髪をした愛しい恋人が見せる笑顔が眩しすぎて尊い。それと同時にお帰りなさいも行ってらっしゃいもその他諸々が一か月もお預けかと思うと、更に心がずんと重くなっていく。 「? 猗窩座殿どうしたの?」 「…どうまぁ…」 流石に目に見えてわかるほど落ち込んでいる猗窩座に童磨は首を傾げるも、当の本人がぐす、と鼻を鳴らしながら抱き着いてきたのだ。 「ちょっとちょっと本当にどうしたんだい?」 上り框にいる童磨の腰に腕を回し、胸に顔を埋めるように抱き着くのを猗窩座は止めない。 出張を告げられて仕事に精を出したはいいが問題は帰り道だった。 どこもかしこも街はクリスマス一色になりつつあり、道すがらのクリスマスツリーやリース、果ては民家のクリスマスイルミネーションの電飾を見るたびに諦めた童磨とのクリスマスを思い出してしまい、ゴリゴリSAN値を削られて今に至る。 「…ともかく外は寒かっただろ? 早く中に入ってあったまろう?」 ね? 猗窩座殿とブーゲンビリア色の髪をぽふぽふと撫でながら諭すと、やはり鼻を鳴らしながら「ぅん…」という声が聞こえてきた。 「出張かぁ…」 今日の夕食はタラと冬野菜の鍋だ。むせかえるほどの湯気の向こうで、「そっかぁ…」と小さく呟く童磨がいる。 「…年末年始はともかくクリスマスをお前と過ごせないなんて地獄以上の地獄だ…」 ずーん…と落ち込んでしまいながらもそもそとタラと野菜と白滝を食べる猗窩座を童磨はただ黙って見つめることしかできないでいた。 クリスマスは元来家族と慎ましやかに過ごすイベントだ。朝、教会に行き讃美歌を歌い、店じまいをして平素より静かな街の空気を肌で感じつつ、家に戻って少し豪勢なごちそうを食べて主に更なる感謝を捧ぐ。 やれ恋人たちの日やらパーティーやらでバカ騒ぎをする日ではない。だが二人とも敬虔なクリスチャンでもない。むしろ将来のためになる出張が入って良かったねと平素ならばそんな風に彼を慰めるべきはずの童磨がそうしない理由。 「…そうだよなぁ…」 小さくぽつりとつぶやいた声は自分でもわかるほどに寂しさが滲んでいて。その言葉を聞き逃すはずがなく猗窩座はばっと顔を上げた。 湯気の向こうにいる童磨は明らかに気落ちしている表情で。 「…おかしいよなぁ」 「…何がだ?」 すぐさまそれも元に戻ってしまったが声には明らかに覇気がない。そんな様子のおかしい童磨にここは落ち込んでいる場面ではないと判断した猗窩座は傾聴の姿勢を瞬時に取った。 「”昔”はさ、あなたや他のみんなと十何年と顔も合わせなかった時があったけど、寂しい、なんて思わなかったんだ」 それは猗窩座も心当たりがある。むしろ目の前の男と顔を突き合わせない時の方が生き生きしていたと思っていた位だ。もっともそれは”呪い”のせいでもあったのだが。 でも…と、小さく呟いた童磨がそっと心臓の部分へと手を持っていく。笑ってはいるけどどこか寂しそうで悲し気な虹色の瞳をする恋人の言葉を猗窩座は辛抱強く待ち続けた。 「…あのころに比べれば一か月なんて瞬きする間に過ぎ去るものなのにね…。猗窩座殿の将来のためだってわかってはいても…、今はそんなに会えないんだって思うと…胸がちょっとちくちくする…」 少しずつ少しずつ言葉を紡いでいく童磨を、猗窩座は席を立って抱きしめにかかる。 どんなに異を唱えたところで出張は決定事項だ。これが自分のステップアップだと思えばいいと割り切っても童磨と過ごす特別な日が潰えたのはどうしても恨めしく思ってしまう。 だがそれ以上に童磨もまた自分と同じ気持ちでいてくれた。それがとてつもなく嬉しくて、出張に対する憂鬱さを遥かに上回っている。 我ながら現金なものだ内心で自嘲するもそれほどまでに彼が愛しいのだから仕方がないと結論付けて、猗窩座は童磨をさらに強くかき抱く。 「…猗窩座殿…」 ちょっと苦しいよと笑いながらも腕を退けることはせず、ぎゅっとそのまま背中に抱き着いてくる恋人が愛おしくもいじらしい。 「…弱音を吐いたな、すまん」 「ううん、俺も吐いたからおあいこだよ」 くすくすと笑う声が聞こえてきてたまらなくなって抱擁を解いた猗窩座はそんな童磨の顔を上向かせる。 会えなくても気持ちを確かめ合う通信手段はある。それでも生身の温もりや匂い、存在には抗えない。 「ど…」 「…まだおあずけ」 そのままキスをしようとする猗窩座を童磨はストップをかける。そう言えばまだ食事中だったことを思い返した猗窩座は、確かにこのままことを勧めるのはマナー違反だと自覚し苦笑する。 「そうだな。お前が心を込めて作ってくれた料理を残すなど罰当たりもいいところだ」 「猗窩座殿のそういうところ、俺は好きだぜ」 元の位置に戻りまだまだたくさんある愛妻料理を食べることを再開する。 一ヶ月間はこの美味しい料理を食べることは出来ないのだ。それどころかクリスマスのご馳走(本人含む)は食べられないことは決定事項なのでその分まで食べ尽くしてやるという意気込みを込めて、猗窩座はこの後の時間の英気を養う意味でも、白米も鍋も〆のうどんもたくさん食べた。 その後の時間はお察しの通り、一か月分お互いを堪能できない分、たっぷりと愛を交し合う二人の姿が在ったのだった。 *** 「気を付けてね猗窩座殿」 翌朝。 スーツケースを引っ張って玄関に立つ猗窩座は童磨に見送られていた。昨晩何度も何度も自分に愛された名残をその身体に載せながら少し寝ぼけ眼で見送ってくれる姿ははっきり言って目の毒だったが猗窩座がいくら寝てても良いと言っても頑なに譲らなかった。 その理由が 「行ってらっしゃいと気を付けての言葉だけで事故に遭う確率は格段に減るし、更にそこにキスをすればポジティブに頑張れる効果が期待できるんだぜ? やらない手はないじゃないか!」 「……なんてね。本音を言えばさ、俺、もう黙ったまま猗窩座殿を見送るのはいやなんだ…」 と言うものなのだから断れるはずがない。 むしろこんな愛おしい生き物と一か月以上離れて一人で居られるかどうかの方が大問題だ。 しかし無情にも出発の時間は刻一刻と迫ってきている。 「…寂しかったらLI○Eするが…」 「うん」 「おまえも…何かあったらL○NEしてこい」 「え…、いいのかい?」 意外そうな顔をする童磨に猗窩座は良いに決まっているだろうと言えば、ますますその太い眉毛は悩ましげに下げられる。 「あ…、疲れているときは既読しかつけられないし、スタンプの返信になるが」 「あ、ううん。そういうことじゃなくて…。 猗窩座殿、俺と対話するの好きじゃなかったから、つい…」 それは"昔"、童磨からの脳内対話を悉く無視していた頃を指す。 話す気持ちも起こらずに無視すればするほどに当時の上弦の弐は鬱陶しいほどに語りかけてきた。あまりの煩わしさに鬼の始祖に訴えて通信制限をかけてもらったくらい、当時の自分は童磨を忌避していたのだ。 なにも落ち度はなかった、今は愛しい恋人に。 「っ……!」 矢も盾もたまらずに猗窩座は温かく豊満な身体を抱き締めた。…背の高さの関係もあってか胸に顔を埋める形になるがそんなことは無問題だ。 「あかざ、どの…?」 「っ、大丈夫だ童磨…。どんなに疲れてても絶対に読む。もうおまえの言葉を無碍にすることは決してしない」 過去の自分が童磨にしてきた所業。打ちのめされるだけで終わる時はとっくに過ぎた。それをしっかりと受け止め、"昔"の分だけ、否それ以上に今の童磨を大切にすればいい。それだけのことだ。 「ふふ…、そっかぁ…。猗窩座殿は俺の言葉をきちんと聞いてくれているものなぁ…」 行ってらっしゃいも気を付けてもおかえりなさいも愛しているも、全部全部猗窩座が聞いてくれるからこそ毎日幸せに暮らしていけるのだ。 また一つ、猗窩座がくれた温かなものがほわりと童磨の胸の中に募っていく。 「うん…、俺もメッセージ送るよ」 抱き締めてきた猗窩座の額に童磨はそっとキスを贈れば、お返しと言わんばかりに目尻に唇が小さな音を立てて触れた。 そのお返しに頬にキスを贈り合って最後は唇同士を柔らかく重ね合う。 今日から一か月弱お預けになる分、大切に、想いを込めて。 「…じゃあ行ってくる…」 「うん、気を付けて行ってらっしゃい」 離れれば薄れていく温もりでも、分かち合い、確かめあった幸せはいつまでも残る。そんな微笑みを互いに向け合いながら、猗窩座と童磨はしばしの別れの日々を過ごすこととなる。


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