X'mas love is amazing2




Pie is Love

さて、猗窩座の出張先は皮肉にも北の大地の某所だった。 それなりに栄えているこの都市は童磨とはまだ訪れたことのない場所だったが、空の玄関口として名高いこの空港は何度も何度も童磨と歩き回っていたのだ。 ────…猗窩座殿、あそこのお店は何が売ってるんだろう? ────…お腹すいちゃったね。何を食べようか猗窩座殿? ────…へえ、この空港限定のス〇バのメニューだって! 買っちゃおうよ猗窩座殿! 到着して数分も立たずに隣で嬉しそうにはしゃぐ童磨の声が幻聴として聞こえてきたときはそのまま踵を返して東京行きのチケットを買って帰ろうかと真剣に思ったくらいだ。だが流石にそういうわけにはいかないので、LI〇Eを開いた後、猗窩座は童磨に『今着いた』と飛行機マークを末尾に付けたメッセージを送るに留めた。早速既読マークが着いた後、『お疲れ様~♪身体に気を付けてお仕事頑張ってね♡』というメッセージと、満面の笑みを浮かべた自撮り画像が添付されていたのを目にした猗窩座はたちまちのうちに立ち直り、ロックとホーム画面に即設定した。 初日から童磨渇望症で心が折られそうになったが、実際に出張先で仕事をしていれば慣れない環境に身を置いて仕事をこなしていくうちに、童磨が隣にいないことに落ち込む頻度も減り、着々と日々は過ぎていった。 出張組を歓迎する飲み会が最初の週末に開かれた際、酒に酔った同僚が『今年のクリスマスはまさにクルシミマスだよなぁw』といったジョークをかました際、童磨と過ごせないクリスマスを思い出してちょっとした騒ぎを起こしてしまい周囲にドン引きされた。しかしそれがかえって猗窩座の寡黙で取っ付きづらい雰囲気を払拭し、彼の評価が上がったのだから世の中何が好転するのかわからない。 そんなこんなで迎えた十二月。いよいよ北の大地には雪が降りしきりクリスマスのムードがだんだんと色濃くなっていくが、以前よりも猗窩座は落ち込まなくなった。 なんだかんだで毎日のように童磨とLIN〇をしているからだ。疲れているときは既読やせいぜいスタンプしか付けられないとは言っていたが、童磨とやり取りをする余力を残すように仕事をこなせばいいだけの話だ。”仕事のためにプライベートがあるのではない。プライベートのために仕事があるのだ”というのはどこで聞いた格言だったか定かではないがそれはまさに真理だ。大体にしてすでに出張で童磨とのプライベートを犠牲にしているのだから、必要以上にはっちゃきをこくことなどない。 というわけで今日も猗窩座は童磨からの愛のあるメッセージを見ながら頬を緩ませていた。三日に一回は童磨が作った自分の好物の写真や一緒に見たかった景色の写真も添付されていてそれがますます彼への愛おしさを募らせていく。ちなみに猗窩座も休日やちょっと余力のある仕事帰りには童磨が好きそうな場所や二人で訪れたいを場所を巡っては写真を撮り添付して送っている。そのため二人のLI〇Eのトークはお互いの愛情で溢れかえっていた。 そうこうしているうちにやってきたX(`mas)デー・イブの日。仕事の終わりに、猗窩座は赤地の看板に黄色いM字マークで有名な某ハンバーガーチェーン店へとやってきていた。 童磨にもしっかり「ちゃんとご飯は食べてね」と釘を刺されているし、日々交代で食事を作っていることもあって自炊はしていた。しかしたまに手を抜きたい日もあるのが人間である。それがたまたま今日のX(`mas)デー・イブだったのは特に他意はない。”昔”と違い様々ものが美味しく食べられる昨今、猗窩座は数日前から気になっていた品物を注文するためにここに足を運んだ。X(`mas)デー・イブの夜の時間に備えて腹ごしらえをする人間が多いのか、店内はそれなりに混みあっている。 自分の順番が来るまで何となしにぼんやりとモニターを見上げつつ、ついでにもう少し何か頼もうかとメニューを目で追っていたら、パッとモニターが切り替わった。 そこには何度がスマホの動画サイトで見たCMが流れていた。雪が舞う公園のブランコに腰を掛けながら、この冬の新作であり猗窩座が頼もうとしているパイを一口齧り、某有名な映画の主題歌のサビの部分を熱唱した後、彼がこのパイを購入しようと決めた文言が映る。 ”パイは、愛だ” この一言を見て、猗窩座の頭の中はこのハンバーガーチェーン店の六年ぶりとなる新作のパイで占められたのである。 人間の三大欲求は、睡眠・食欲・性欲であるが、それら三つは他でもない童磨によって支えられていたのだと初日から思い知らされることとなった猗窩座にとって、このパイは童磨を身に取り込むのも同然なのである。 ふかふかふわふわのシンボル(仮)を揺らしながら自分を受け入れてくれる上、手抜きしちゃったーと言いつつも猗窩座の胃袋をつかんで離さない食事を作ってくれて、ぎゅうっとシンボル(仮)に顔を埋めて眠る毎日。 何度でも言うがこのパイを食べるということは童磨を取り込むことと同じであり、今日と明日のX(`mas)デーを如何に乗り越え、3日後の出張終了まで踏ん張ることができるか否かのマジックフードなのである。 そんな風に心の中で力説しているといつの間にか順番が回ってきたので、猗窩座は颯爽とビーフシチューパイと三角チョコパイとアップルパイとブラックコーヒーを頼む。折角なのでグラ〇ロバーガーも食べようかと思ったが、そんな気分ではなかったし、何より今はパイによる愛で童磨欠乏症を埋めるのが先決だ。 注文と会計を終えて端により品物が出来上がるのを待つ。やがてモニターに自分の注文番号が映しだされたのでトレイを受け取って階段を上り二階のイートインスペースに向かう。 ほとんどがテイクアウトの客が多いせいか、広いフロアのイートインスペースにはまだ余裕があった。テーブル席とカウンター席の両方が空いていたので猗窩座は奥まった2人掛けのテーブル席へと向かう。 トレイをテーブルに置き、消毒した手でえんじ色をしたパッケージを両手で取る。そこには件の文言だけではなく『やさしく包み込む』という一言も書かれており、ますます遠く離れている恋人(とシンボル(仮))を思い起こさせる。 蓋を開き下から押し出したきつね色の焼き色をしたパイにかぶりつく。思ったよりもさくりとした感触はないが、二口ほどで中身のビーフシチューが出てきたので咀嚼していく。 「……」 濃厚なビーフシチューの味とパイの味は確かに悪くはない。小腹が空いたときは重宝するだろう。しかし思っていたよりどことなく味気ない感じがしてしまうのは今日がX(`mas)デー・イブだからだろうか? 顔をしかめながら半分くらい食べ、一端パッケージの蓋を閉じてトレイの上に置くと、ブラックコーヒーで流し込む。 気分を変えてこちらも童磨欠乏症を補うために購入した三角チョコパイのパッケージを開いて、漆黒の三角形の端っこから齧っていく。 微かに苦みと甘みのある少しもっちりしたパイとほどなくしてたどり着いた濃厚チョコの味が調和するが、やはりどことなく物足りなさを感じてしまう。ついでにアップルパイも食べたがそれも上記二つのパイと同じ感想だった。 「………」 期待していただけに何となく勝手に肩透かしを食らった気持ちになってスン顔をする猗窩座のスマホに、まるでタイミングを見計らったかのようにピコン♪とLI〇Eのメッセージ音が鳴る。 「!」 弾かれたようにスマホを取り出し、通知欄を見れば案の定毎日のように連絡を取り合っている恋人からで。 『メリークリスマス猗窩座殿♪ こっちも雪が降り始めて来たよー』と、末尾に雪だるまの絵文字を添えたメッセージと近所のクリスマスツリーやオーナメントの写真が添付されてきた。 それらを目にして少しだけ隙間風が吹いていた猗窩座の心がふわりと暖まる。だが一度意識してしまった童磨への欠乏感はこのメッセージと写真を見ることによってますます煽られることとなった猗窩座は、迷うことなくLI○E通話ボタンをタップした。 『もしもし?』 無制限ギガのプランを選択しているため通話状態は良好だ。一か月ぶりに聴く恋人の声を聞くにはまずまずの環境である。 「…俺だ」 『ふふ、分かってるよ猗窩座殿』 電話の向こうでふわりと笑う柔らかな童磨の声が耳に届くたび、思わず涙腺が緩みそうになる。 『えーっと…元気?』 「一応は…」 元気なわけがあるか、お前がそばにいないのにという気持ちを押し殺し、当たり障りのない答えを猗窩座は返す。 『そっかそっかー。ちゃんと温かくしてる?』 「一応は……」 温かくはしているが全然温まらない。だってお前が隣にいないんだ。Nウ〇ームを買ったって、お前と共に寝る温かさには叶わないに決まっている。 『…あの、ご飯ちゃんと食べてる?』 「………一応は…」 食べてはいる。お前にばかり飯を作らせるわけにはいかないからと同棲前に兄夫婦に頼み込んで教えてもらった自炊の腕はありがたいことに遺憾なく発揮されているが、お前の飯には叶わない。 『…猗窩座殿…』 「…今な…」 流石に心配そうな声になる童磨に猗窩座は言葉を紡ぐ。凹んでいるわけではない。ただお前がそばにいないということを改めて深く自覚してしまっただけで。 「ビーフシチューパイと三角チョコパイとアップルパイ食ってたんだ」 『え、よりによって今日に限って手抜きの気分なのかい?』 「…まあそう言うことにしておいてくれ」 『ふふ、いいさいいさ。猗窩座殿はなんだかんだで頑張り屋だからね。手を抜くくらいが丁度いいんだよ』 衝動的に声を聞きたくなって通話にしたため童磨の顔は見えない。だけどニコーっと笑っているのは容易に想像ができてしまい、思わず猗窩座もふふ、と笑みが零れた。 『あ、今猗窩座殿笑ったでしょ?』 「よくわかったな」 『そりゃわかるよぉ。俺たちもう長い付き合いだし、これからずっと付き合っていくんだから』 「……っ」 ああもう本当にこいつときたら…! どれだけ俺を惚れ直させれば気が済むんだ。 『あれ? 今度は照れてるのかなぁ?』 電話の向こうではニヨニヨという擬音が付くくらいニヤついているであろう童磨の顔が想像できてしまい、本当お前そういうところだぞと猗窩座は姿勢を崩しながら、肘に着いた手を額に当てる。 「ああ、いい加減お前が隣にいないことに耐え切れなくなって、”パイは愛だ”のキャッチフレーズに惹かれて藁にも縋る思いでビーフシチューパイとチョコパイとついでにアップルパイを食っても全然ダメだった」 『へ?』 いきなり脈絡のない突拍子もないことを言われてさしもの童磨もポカンとしているのだろう。こちらとて長い付き合いだし、これから先ずっと一緒にいるのだ。逆転のチャンスと言わんばかりに猗窩座は椅子に座り直し、スピーカーに唇を近づけて一言一句噛んで含めるように言葉を紡いでいく。 「…家に帰れば笑ってお帰りって出迎えてくれてお疲れ様って労ってくれるお前がいないんだぞ? そんな生活が一か月も続くなんて耐えられないし、愛をうたうパイにだって縋りたくもなるだろう?」 『え、は? うん? そ、うな、んだぁ…?』 電話の向こうの声からして明らかにキャパオーバーになっているだろう童磨の姿を想像して猗窩座は笑う。 「だがいざ食ってみたら縋るどころかお前がいないことが一層浮き彫りになってしまってな…。本当に優しく俺を包み込む存在も、愛を感じる柔らかなパイ(便宜上)も知っているから物足りないのも当然と言えば当然だ」 『~~~っ猗窩座殿っ!』 故意に夜の時間に耳元で囁きかけるウィスパーボイスを意識して語りかければ、焦ったような声が聞こえてきて猗窩座は満足げに笑う。 「まぁ、あと5日もすればうちに帰れるんだ。お前の声を聞いて十分元気が出た」 やはり想い人の声の効果は抜群だ。聞いただけでベホマやケアルガがかかったかのように活力が滾っていくのが分かる。一度は諦めたクリスマスを共に過ごしたいという葛藤がここに来て噴き出てしまったが他でもない童磨のおかげで鎮めることができたとホクホクする猗窩座に、まさかの提案が下されたのはすぐのことで。 『…ねえ、猗窩座殿…』 「ん? どうした?」 『言い逃げはずるいって思わないかい?』 「……は?」 今、俺は何を言われたのだろうかと猗窩座の脳は一時的に考えることを放棄する。 『…一か月間、我慢しているのは猗窩座殿だけって思ってた?』 「…いや、それは…」 艶めかしい息遣いと掠れたような声。馴染みがあり過ぎるが今は隔絶されているその雰囲気に思わず猗窩座はごくり、と生唾を飲み込む。 『…そんな声で…、そんなこと言われて…、あと5日も待てると思う…?』 「っ…!」 その言葉の意味するところが分からない猗窩座ではない。 童磨にとって”昔”は救済のための肉体関係が、猗窩座と再会してこの関係になって愛情からくる行為へと変わっていった。 お互い好き同士でする性交はたまらなく気持ちがよく、それこそ一か月前までは当たり前に身体を重ね続けてきたのだ。 なのでこの一か月、猗窩座は処理はこっそりトイレや風呂場で声を殺して行っていた。薬局で売られているTE〇GAに目移りはしたものの、童磨の胎内でしか達せないのは分かっていたので早々に選択肢から斬り捨てた。 でもまさか、自分から誘いをかけることはあまりない童磨がこんな風に言うまで劣情を催していたとは思いもよらなかった。 「っ、ずるいのは、どっちだ……!」 心の底から熱を込めた声で言い募る。 こんな大胆で可愛らしいことを言われて触れられない距離にいる。これほどもどかしいことはない。 出来ることならさっさととんぼ返りして1か月分余すところなくお互い誰のものかを分からせ合いたい。 だが状況的にそれは無理なことは百も承知だ。 まさに蛇の生殺し状態だと奥歯を噛みしめた猗窩座に、童磨はクス、と笑いながら、ねぇ、猗窩座殿…と柔らかくささきかけてくる。 『ずるいのはお互い様ってことでさ、…電話でしちゃわないかい?』 「………………は?」 まさかの提案に思わず猗窩座の頭がフリーズする。 『…だってどうせ猗窩座殿も一人でスるんだろう?』 「……いや、それは…っ、て…」 『ふふ、図星だね。俺もそうさ。 だからさ、このまま一緒に声を聞きながらシようよ』 ガターンと勢いよく音を立てて立ち上がった猗窩座を店内の客が一斉に注目する。 だが猗窩座はそんな視線に構うことなく一気に残りのパイとコーヒーを平らげ、トレイを下げると光速の勢いで店内を飛び出していく。 会社側が用意しているマンションまで徒歩30分かかるが、電話口の向こうからもたらされたとっておきの提案を聞いた猗窩座は、目の前にニンジンがぶら下げられた馬の如くの脚力を誇り、10分もしないうちに仮の住まいまでたどり着いていた。 カバンの中に無造作に突っ込んだ鍵を取り出すのすらもどかしく、冗談抜きで1分1秒が永遠のように感じられる。その間も童磨は猗窩座を煽り立てるように甘く蕩け切った声と吐息でであえかに鳴き続けていた。

  

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