お前が最高のプレゼント
「猗窩座殿」
今は珍しいものになってしまったノスタルジックな雰囲気の喫茶店にて。ここの目玉商品であるこれまたレトロさを感じさせるオムライスとスパゲティとデザートの卵プリンがクリスマスの遅い朝の食事だった。
一か月ぶりに直に会った大好きな恋人と美味しい美味しいと感想を言い合いながらブランチを摂って喫茶店を後にした後は、閑静な街中を何となしに歩く。全体的にひっそりと静まり返っている商店街はクリスマスらしさはまるでなく、ゆったりとした雰囲気に満ちているが、そんなことはお構いなしにぴゅうっと吹き付けてくる北風に思わず童磨は身を竦めた。
しっかりと防寒対策をしてきたにも関わず、雪を舞わせながら不意に吹き付ける風はやはり冷たいなぁと思いながら隣を歩く猗窩座を見て思わず目を見開いた。
今更気づくのも遅いかもしれないが、彼の装いはダウンジャケットだけである。当然手袋はおろか帽子もマフラーも一切付けていない。
「何だ?」
童磨の視線に気づいた猗窩座が不思議そうな顔で見上げてくる。豊かなまつ毛と大き目な瞳の組み合わせであどけなく可愛らしいが、その体つきはがっしりとしているので確かに寒さには強いのかもしれない。
確かに”昔”は寒さなど関係のない身体であった。しかも彼に至っては桃色の短衣に裾の絞られた白いサルエルに似た下衣、極めつけは常時素足だったので寒さ耐性はあったのかもしれない。かくいう自分も氷の技を駆使していたが別段寒いと感じたことはない。最も露出の少ない服を着ていたおかげかもしれないが。
閑話休題。
だが今はれっきとした生身の人間の身体なのだ。いくら猗窩座が鍛えているからと言っても、首周りを温めないでいれば万病の元である冷えに蝕まれやすいのは言うまでも無い。
そんなわけで冒頭に至るのだが、マフラーを巻こうと勧めたところで『俺はそんな軟弱な鍛え方はしていない!』と北風と太陽の如く突っぱねてくるだろう。自分の言葉を聞いてくれるとは言っていたが、こと身体を鍛えていると自負している猗窩座にとってその手の話題はたちまち意固地になってしまうのだ。『いやいや、見てるだけで寒いからね?!何か巻こうよ』と言ったところで平行線になってしまうのがオチだ。だけどこのまま見過ごしてむざむざと大好きな恋人に風邪を引かせてしまうのは忍びない。人間なんだから体調を崩すときは崩すが、出来ることをやらないで体調を崩すのとそうでないのとは意味合いが180度違ってくる。
「…童磨?」
声をかけたはいいが押し黙ってしまった童磨に、猗窩座はどうしたんだ?と言わんばかりに顔を覗き込んでくる。
「あ、もしかして疲れたのか? 考えてみればお前、あれからすぐにこっちに来たんだろ? 休めていないんじゃあないのか?」
心配そうに眉根を下げてそう言ってくる猗窩座に、違う違うと童磨は両手を振って否定する。確かに昨晩は初めて試みた愛の営みによって疲れを感じていないと言えば噓になるがこの沈黙はそういった類の物ではない。猗窩座の気遣いにどことなく嬉しさを覚えるが、今自分がどうにかしたいのはその首元一点のみである。
「ううーん…そういうわけじゃないんだよなぁ…」
らしくもなく言葉を濁す自分に向ける目がどんどん怪訝になっていく猗窩座に、これはもう単刀直入に言っちゃった方が早いかなぁと思い始めた童磨の虹色の視界に映ったそれ。
「あ」
「ん?」
ぽつりと漏らした童磨の声と向ける視線が気になった猗窩座が後ろを振り返ると、これまたノスタルジックな雰囲気のブティックがあった。田舎ではないが都会であるとも言い難いこの町のそれは主に女性用の衣服や装身具の取り扱いがほとんどだろう。だが童磨が着目したのはそこではなく、屋外に設置されている籠とその真上に張られているPOP広告の役割を果たしている張り紙にあった。
『毎冬必需品、マフラー大放出!』
恐らく地域限定のローカルチラシの裏を使用して書かれているカラフルなマーカーの文言に童磨は一縷の望みを賭けることにした。
「あ、の…プレゼント…」
「あ?」
「クリスマスプレゼント! 俺、こっちに来たのはいいけど、慌ててて全然用意していなくてさぁ!」
そう、童磨が思いついたのはクリスマスプレゼントにかこつけて適当なマフラーを見繕って猗窩座に巻かせてしまおうという苦肉の策だった。大き目のガラス窓から覗く店内は、やはり明らかに女性をターゲットにした商品が圧倒的に多いのが見て取れる。だがマフラーともなればユニセックスなデザインのものも豊富だろうから、その場しのぎには持ってこいだった。本当なら猗窩座の望むブランドやデザインを聞いて彼が欲しいものをプレゼントしてあげたいのだが、背に腹は代えられない。
「そんなもの」
「へ?」
だからあそこにあるマフラーを俺にプレゼントさせてくれ、という言葉は不意に抱き着いてきた猗窩座によって封じられることになる。
「あの…ちょ、あかざ、どの?」
ぎゅ、胸元に額を押し付けられぐりぐり動いたかと思えば、無造作に巻き付けていた己のマフラーがそっとほどかれていく。
ポカンとするばかりの童磨のマフラーを猗窩座は器用にリボン型に結びなおすと、そのまま再びぽふん、と抱き着いてきた。
「必要ない。お前がそっくりそのまま俺へのクリスマスプレゼントなんだから」
そう言ってにっと笑いながら見上げてくる猗窩座は嬉しくてたまらないと言わんばかりのあどけない表情で。
「~~~~っ…!」
そんな猗窩座の行動と言葉に思わず顔を赤くして顔を隠してしまう童磨。
「あ、いや…、そうじゃなくて…その…」
「だからプレゼントはいらないぞ? こうして俺に会いに来てくれたお前をたっぷりと”頂く”のだからな」
鯖折にならない程度に強く腰を抱き寄せられそのまま抱え上げられる。まるでとっておきのプレゼントをもらったと言わんばかりの猗窩座の笑顔に童磨は自分の頭からぷしゅううううと湯気が出るのを感じていた。
(ああ、もういいかこれ…)
こんな回りくどいことをしないできちんと彼にお願いすればよかったと思うももう遅く。
「お前が取ったウィークリーマンションにするか? それとも近場のホテルにしようか? ああもちろん料金はこっちが持つから安心しろ」
人通りが少ないとはいえ天下の往来でいつの間にか姫抱きにされた童磨と、喜び勇んでテイクアウトしにかかる猗窩座。
クリスマスの生贄…もといご馳走となる確約された未来に、折角だからW●ltで夕食を頼もうかなーと、ほくほく顔をした恋人の腕の中で渇いた笑いを浮かべた童磨はアプリをダウンロードしにかかったのだった。
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