後日談:猗窩座と童磨と功労者たち
※妓夫太郎が猗窩座にガチの腹パンしてます。
※謝花兄妹も記憶持ちです。
※ほんのり妓夫太郎→童磨表現あり。
「なあ、気になっていたんだが」
「なぁに?」
正月休みも終盤の夕方。猗窩座は童磨と連れだって歩いていく。今日は外食でもしようかと童磨が誘った。
その道すがらで猗窩座はふと気になることがあって童磨に尋ねた。
「その…、去年のクリスマスのあの提案、あれ、本当にお前が思いついたのか?」
「っ、え、えーっと…」
明らかにどもる童磨。猗窩座がそう言いだしたのには理由がある。
童磨は”昔”は信者の救済として身体を明け渡していたが、そこにそれ以外の情はなかった。なので愛情をもっての性行為は猗窩座が生まれて初めての相手であり、猗窩座が大好きだから望むならと抱かれてきた。体位の入れ替わりの要求や誘い受けはあるにしろ、夜の営みについてのインプットは猗窩座の方が積極的に行っている。ただ実行できていないだけで耳年増になっている感は否めないが。
なので童磨があの提案を自分で考え付いたとは思えなかった猗窩座は思い切って聞いてみたのだが、その反応ではどうなのかがまだわからない。
感情が薄いと自分で言っていたが、己と付き合うようになってから童磨は徐々に感情が色づいていっているように見える。クリスマスプレゼントの件にしても今にしてもそうだ。気まずそうに、少しだけ頬を染めながら恥ずかしそうに眼をそらす。”昔”と違い飄々とした顔も好みだがこんな風に恥じらう姿は格別だ。
「あの、そのね…実は…」
「どうまさーん!」
気まずそうに笑いながら言い淀む童磨の顔は新たな脳内フォルダに仕舞い込んでいた猗窩座の耳に、甲高い女の声が響いた。
思わず振り返ってみると、童磨に似た色の髪を持つ少女が小走りで駆け寄ってきており、頭頂部が黒く下が緑の痩せぎすの男がその後ろからついてくる。
「え、あ?」
見覚えがあるようなないような二人の男女に思わず猗窩座が固まっていると、少女がぽすんと童磨の胸の中に飛び込んだ。
「やあやあ遅くなったね、梅ちゃん」
「ホントよー。もう寒かったんだからあ」
そう言いながらまるで子猫のように童磨の胸元に頭をこすりつける梅と呼ばれた少女にポカンとしていた猗窩座だが、だんだんふつふつと怒りがわいてきた。
何だこのガキは。女であることを良いことに俺の童磨に対して抱き着いて胸をこすりつけるなどと。
「お、「おい」」
しかし猗窩座が声をかける前にゆっくりと歩いてきた男が彼に声をかけた。
「俺の妹にガンを飛ばしてんなよなぁああ、元・上弦の参様よぉおお」
「は? って、お前…!?」
自分の呼び方、話し方、そして声で猗窩座は気づく。目の前にいるのは元・上弦の陸の片割れである妓夫太郎だ。
ということは目の前で童磨に甘えているこの女は、妓夫太郎の妹の堕姫なのか?
「お前ら”も”記憶持ちなのか…?」
この様子からして聞くまでも無いことだが猗窩座は一応確認をすると、妓夫太郎は面白くなさそうに舌打ちをしながら「ああそうだよ」とだけ答えた。
「まあまあ、そういった意味でも今日は集まったんだからさ。立ち話もなんだしお店に行こう?」
少しだけぴりついた空気が童磨の声により和らいでいく。ああそうだなと猗窩座が童磨の隣に並ぶ前に、謝花兄弟がその左右にぴったりとくっついて歩いていく。
猗窩座から見て右隣にいる梅は純粋に童磨を慕っているように話しているが、左隣に陣取る妓夫太郎は明らかに猗窩座を挑発している。嬉しそうに童磨と話す傍ら、後からガンを飛ばす猗窩座に対して確信的にニヤリと笑ってくるのだから。
(この野郎…!)
しかし、童磨とこの二人の関係を知っている猗窩座としては殴り飛ばすわけにはいかない。何より妓夫太郎がそうする理由には嫌というほど心当たりがあるのだから。
硬く握り締めた拳をゆっくりと解きながら、猗窩座はまるで親子のように連れ立って歩く三人の後ろを所在投げにとぼとぼと着いていくしかなかった。
童磨が予約していた店は、ファミレスや居酒屋のような大衆向けではないが、肩ひじを張ってドレスコードにこだわるような店でもなく、所謂インフォーマルな店だった。
テーブルをはさんで二人掛けの椅子に座るタイプだが、根性で猗窩座は童磨の隣を死守し、向かいには面白くなさそうな妓夫太郎と何やらキラキラとした表情の堕姫…今生では梅という名前だそうだ…が座っている。
「梅ちゃんのアドバイスで助かったよ。はい、コレお礼も兼ねているからね」
「ふふ、それならよかった♪ ありがたくもらうね!」
そう言いながらカバンの中から取り出したのは藍菊とさくらがらの友禅ポチ袋だった。
「どうもありがとうございます」
そう言いながら深々と頭を下げた妓夫太郎の好青年ぶりを見て思わず猗窩座はポカンとする。
「いや、ちょっと待て」
「何だい猗窩座殿?」
こんの猫かぶりがああああと叫びだしたいのはやまやまだが、それよりも気になったことがある。
「いや、何じゃなくてだな! お前らいつ再会してたんだよ!!」
「え、猗窩座殿が出張に行っている間だけど…」
「最近かよ!!」
思わず声を荒げてしまうが無理もないだろう。
「別に言うまでもないだろうがよぉお。あんた、俺たちには興味なかったみたいだしなぁあ」
そんな猗窩座に対し横から妓夫太郎の茶々が入る。ちなみに梅は童磨からもらった謝礼兼お年玉にホクホクしながらメニューを開いていた。
「うぐ、まあ、”昔”は確かにそうだったが」
「つか今もだろぉお?」
ぐさぐさと辛辣な視線と言葉が猗窩座の胸と耳に突き刺さる。
元上弦の陸兄妹は童磨に命を救われたことがきっかけで鬼となった者たちだ。人間時代に誰にも手を差し伸べられず容赦のない扱いを受けてきた妓夫太郎と堕姫(梅)はそれでもきちんと受けた恩義を感じる性質であり、童磨をまるで親のように慕っていた。
そんな恩人に対し、何の落ち度もないのに手を上げ続けていた自分を快く思わないのは当然かと考えた猗窩座はこれ以上何も言えなかった。
序列の乱れも上下関係もない今、妓夫太郎が射殺しそうな視線を向けてくるのは当然だし、それを受けてあれこれ弁解する資格も余地もない。
あるのはただ真摯に彼らの恩人を今度こそ大切にしたいと伝えるだけだが、口だけなら何とでも言える。
「ん? 猗窩座殿どうしたの??」
「あぁ、ちょっと用足しに」
「先にメニュー頼んでおく??」
「頼む。お前の美味しそうだと思う奴を選んでくれ」
「オッケー♪」
そんな二人のやり取りを梅はメニューから顔を上げてニマニマ見ている傍ら、妓夫太郎は依然としてしかめっ面をしていたが、注文の品を決めた彼もほどなくして席を立った。
「来たか」
「おうよ」
猗窩座が居た場所はトイレでは勿論なく、店の裏に位置する手狭な空間だった。
猗窩座は出ていく際に妓夫太郎に目配せをしていた。そして妓夫太郎もまた猗窩座に物申したいことがあったため、童磨と梅に怪しまれないよう適当に品物を注文して出てきたのである。
「手短に済ませてくれ」
「おう、本気でいくわ」
言い終わるのと同時に、ドスッという音を立てて妓夫太郎の拳が猗窩座の腹にめり込んだ。
「が、は…っ!」
「顔を殴りゃ童磨さんに気づかれんだろおおお」
だからボディにしたんだ、俺は優しいからなあああと、恩人の口調を真似て告げられる。
「あ、りがとよ…ってぇ…」
腹を抑えながら猗窩座は深く息を吸っては吐いて痛みを分散させていく。
「なぁ、」
そんな猗窩座を一瞥しながら妓夫太郎はしゃがみこんだかつての上弦の参に最後の忠告をする。
「今生で俺らの恩人を泣かせてみろ。ケツの毛むしる勢いで取り立てに行くからなあああ」
「…言われなく、とも…」
用件は済みさっさと戻っていった妓夫太郎に猗窩座はこれだけで積年の童磨に対する自分の所業をチャラにしてくれたことを本気で感謝した。
しばらく痛みを逃す体制で大人しくした甲斐があってか、どうにか収まった猗窩座は童磨たちがいる席へと戻っていく。女子会や軽い会議用にと重宝されている席からは、年相応の梅と妓夫太郎の明るい声が漏れ落ちてくる。その中に童磨の声はないが恐らくうんうんと相槌を打ちながら頷いているのだろう。
猗窩座がそっと暖簾をくぐって席に戻ると、その顔を見た童磨がたちまちのうちに心配そうな表情へと変わっていった。
「? …! 俺の顔に何かついているか?!」
まさかバレたのか? いやでも痛みは収めて来たし痣なんかどこにもついてないぞと内心で焦る猗窩座に童磨はいよいよもって悲痛な表情を見せる
「猗窩座殿! 体調が悪かったなら無理しないでよかったのに」
「………は?」
言われている意味が分からない猗窩座は思わず間抜けな声で聞き返す。おい、どういうことだと先ほどの当事者に視線を向ければ妓夫太郎は意味ありげにニマニマと笑っているだけだった。
「妓夫太郎君から聞いたよ? おなかの調子が悪いみたいだって」
「は、いや……ちょ」
お前えええええええええええええええなに言ってくれてんじゃああああああああ!!と内心で吠える猗窩座に呼応するかのように妓夫太郎も、あのくらいの取り立てで足りる訳ねえだろおおおおおお利子だよ利子いいいいいいいいいいいいと直接脳内で語り掛けてきた。
「もー、お兄ちゃんも猗窩座さんも物騒な顔をしないでよー」
ぷくーっと軽く膨れながらそういなした梅に悪かったなぁあと笑いながら謝る妓夫太郎はなるほど確かにいい兄だと認めざるを得ない。コイツは本当に大切なものを大事に出来る懐の深さが”昔”からあったのだと思うと、やはりかつての自分の狭量さを思い知らされた猗窩座は、ぎり、と奥歯を噛みしめる。
「ねえ猗窩座殿…。無理そうなら帰って休んでて」
「いや、別に…」
そもそも腹痛なわけではない。過去の清算と落とし前を付けるための取り立てパンチを腹に食らっただけだ。それに片時たりとも童磨と離れたくはない上、自分がいない間にこの二人と童磨が共に時間を過ごすのをみすみす見逃すのも癪だ。
「…本当に大丈夫なのかい?」
下がり気味の眉毛を更に下げてそう言い募る童磨の表情に、本気で心配させてしまっていることに猗窩座は優越感よりも罪悪感を覚えた。
「心配させてしまったな、すまない」
そう言いながらそっと童磨の隣に腰を降ろし、安心させるように頬に触れる。猗窩座の分厚い掌に触れられて、少し安心したように笑みを零す恩人の表情を見た妓夫太郎は癪だが猗窩座の本気度を認めざるを得なくなりそれでも一つ溜息を吐く。更にそんな兄の横では梅がキラキラとギラギラが混じったような翡翠の目で二人の姿を見つめていた。
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2021年の冬に発売されたマックのCMのフレーズ『パイは愛だ』に触発されて書き始めたらこんな長い話になってしまったという/(^0^)\
妓夫太郎君→どま←座の三つ巴は何度書いても書き足りないです。(梅ちゃんはどちらかというとその三つ巴を楽しんでいる&鬼ぃちゃんのどまさんに向ける矢印は自分のものとは別物だから安心して見ていられる感じですw)
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