「ただいま童磨」
「おかえり猗窩座殿」
部活の後にバイトを終えて帰ってきた猗窩座を、リブ編みされたアイボリーのタートルネックセーターとネイビーのワイドパンツを身に着けた童磨が出迎える。
「お疲れ様、ご飯できてるよ」
「おう、ありがとな。あ、これやる」
「え、なになに?」
背中に背負っていたリュックを床に下ろした猗窩座がファスナーを開き、ガサゴソと中身を漁って取り出した物は、白い紙袋だった。
受け取るとそれなりにずしりとした手ごたえがある。何だろう?とテープを開けると中から出てきたのは、瓶詰タイプのバスキャンドルだった。
「えー、猗窩座殿コレどうしたの?」
「ああ、それがな…」
猗窩座の通う大学でもアルバイト先でも、ハロウィンが近いということもあり装飾や雰囲気がそれ一色になっている。
こういったイベントごとにあまり興味のない猗窩座だが、アルバイト先にて『ハロウィンなのでお菓子をどうぞ』というメモと菓子がランダムに詰められた箱があり、それがきっかけで興味をもって調べてみた。
曰く、元々の起源は古代ケルト人が考案した祭りであったが、アメリカで民間行事として定着してからは、カボチャでジャックオランタンを飾ったり、子どもたちが仮装をして近所の家を訪ねまわってお菓子をもらったりするとのことだ(Wi〇i先生調べ)
日本でもその風潮が色濃くなり、昨今ではちょっとした祭りになっていて良くも悪くもニュースで流れるようにはなったがそれはさておいて。
(ん? これ……)
子どもたちが仮装をして菓子をねだりに近所の家を歩き回るという部分に猗窩座は引っ掛かりを覚えたが、この時小休憩中だったので、適当にキャンディを摘まんでその件についての思考は一時中断した。
時間通りに働き終わった帰り道にて。肉体労働なため脳みそはその分自由に働かせることができるので、結局その間も引っ掛かりについて考えることになった猗窩座だったが、ゆらゆらと揺れる赤ちょうちんの居酒屋を見て唐突に解答の糸口を見つけ、それで手土産にとバスキャンドルを買ってきたのである。
「ホラ、いつかの夏に北へ旅行に行ったとき。あっただろそういうの」
「ああ! あれかぁ~」
ラフな部屋着に着替え、ダイニングテーブルを囲みながら経緯を説明する猗窩座に、なぜキャンドルを買ってきたかの理由に思い至った童磨は、パン、と両手を叩く。
「そうだそうだ。確かにハロウィンと似てたもんねぇ」
童磨と猗窩座がいう北の大地の”あれ”とは、所謂ローソクもらいのこと。
北の大地は一部を除いて8月7日に、浴衣を着て夕暮れ時から夜にかけて近所の家々を回って歌を歌いお菓子や蝋燭をもらい歩くという風習がある。
たまたまこの時、童磨と猗窩座は宿泊していたホテルの近くを散策しており、偶然ローソク貰いをしている子どもたちに出会ったのである。
元来好奇心が強い童磨はその歌を聞き、不信感を抱かせないようにねえねえとやんわりと声をかけ、威圧感を与えないように子供たちに目線を合わせ、何をしているの?と尋ねた。
昨今、声をかけただけで不審者扱いされる世知辛い世の中だが、”昔”も(ニュアンスは違うが)今も教祖なだけあってか、子どもたちはあっという間に童磨に心を開き、七夕まつりとして行われるこのローソク貰いのことを話したのである。
『そっかそっか、教えてくれてありがとう。じゃあ俺からもお菓子をあげなきゃね』
この近くにコンビニあったっけ?と後ろを振り返って猗窩座に尋ねる童磨に、子どもたちはいえいえ、いらないですよと首を振る。
『んー、でも君たちは丁寧に俺に教えてくれたし…』
むむぅ、と困ったように唇を尖らす童磨に、目の前の子どもたちは、どこか顔を赤くしながらそれならお菓子の代りにぎゅってしてくださいという代替え案を出してきた。そんなことでいいのかい?とまたもや渋る童磨にむしろそれがいいです!!と畳みかけるように言い募った子供たちに、じゃあおいでと一人ずつハグをしていった童磨の後ろで血管が浮き出るほど拳を握り締めていた猗窩座がその晩、激しく彼を抱いたことは言うまでもない。
「ふふ、あの夜の猗窩座殿は情熱的だったなぁ…♡」
「望みならばその蝋燭を使って更に情熱的な夜にしてやろうか? というかあのガキ共…今からでも世の中の厳しさを叩き込んだ方がいいな」
「えー、ちょっとちょっと、何でそんな不穏な空気を出しているんだい!?」
ポッと両頬に手を添えてはにかんでいたのもつかの間、不穏な台詞を吐きながら今からちょっと北の大地に道場破りをしてきますと言わんばかりの形相で席を立とうとしたので、さしもの童磨も慌てて止める。
「でもさぁ、ふふ…、奇遇だよねぇ」
「?何が、…ああ」
嬉しそうな含み笑いの童磨に免じて世の中の厳しさを教えることは一時的に保留にしてやるという慈悲を見せた猗窩座は、ダイニングテーブルに並べられる料理を見渡してたちまち合点がいく。
「そう! 見事にかぼちゃ料理ばっかり作っちゃってさぁ! ハロウィンの装飾を見てたら食べたくなっちゃって」
ジャックオランタンを作るよりも、栄養になる使い方の方がいいかなという童磨の言う通り、確かに今日の夕飯はかぼちゃ尽くしだった。
かぼちゃの天ぷら、かぼちゃのそぼろあんかけ、そしてかぼちゃとあんこの甘味とパンプキンパイ。流石にそれだけでは栄養が偏るので、トマトとレタスのサラダやおしんこを作り、味噌汁はオーソドックスなわかめと油揚げと豆腐の具にした。
「明日はかぼちゃのグラタンを作ろうかなって思うんだけど、他に食べたいものがあったら言ってね?」
平素はきちんと栄養バランスを考えた献立を組んで調理する童磨にしては珍しいメニューなので、よほどかぼちゃが食べたかったのだと思うとじわじわと微笑ましさが滲んでくる。
「いや、大丈夫だ。第一お前の作る料理には外れがない。三食かぼちゃ料理が三日続いても俺は全部平らげるからな」
「~~~っっっ!!!」
味噌汁をずず、と吸い上げながら、本当に美味いなと呟きながらもりもりと愛妻料理を平らげていく。
「おい? 食わないのか?」
「猗窩座殿ってさぁ…」
テーブルに両肘を置いて、その上に熱くなっていく額を乗せながら童磨はボソッと呟く。
「もう俺はいいや…、猗窩座殿のおかげで胸がいっぱいだもん」
「俺は本当のことを言っただけだが?」
「だからさぁ! 本当あなたそういうと…!」
思わず顔を上げた童磨の反論しようとした口に、あっという間に放り込まれたのはかぼちゃとあんこの甘味だった。味見をした時よりも甘く感じるのはきっと気のせいではない。
そして咀嚼しながら伺い見た猗窩座の表情は確信的に笑っているそれで。
夕餉の時間にしては不釣り合いな色を含んだその笑顔を見た瞬間、童磨の中にあった食欲はゆっくりと別のものへと切り替わっていく。
「菓子はもう十分だろ?」
「~~~うん…」
艶を含んだ猗窩座の声に”悪戯”をされる期待に身を疼かせた童磨は、かぼちゃ料理大目に作っておいてよかったなぁと昼間の自分に感謝をしながら、そそくさと食器を片付け始めた。
ハロウィンとロウソク貰いと冬至の欲張りセットです/(^0^)\
ハロウィンの経緯を初めて知った時『北海道の七夕と変わんないじゃん』と思って数十年が経過します。
昨今の情勢ではロウソク貰いは見かけませんが、2019年くらいまでは8月の七夕のあたりに結構見かけていた気がします。
この子供たちは後日嫉妬の鬼と化した座殿に夢の中で地獄の追いかけっこを強制的にさせられたという後日談も考えているんですが、いつか書きたい。
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