枯葉に芽吹く雪氷戀 - 1/4

 鈍く灰色に垂れ下がる秋空の下、黄色や紅の葉っぱが生命力の失った街路樹の枝々からハラハラと舞い散るのを見ながら、猗窩座はジーンズの尻ポケットの中に突っ込んでいたスマホを取り出した。
 いちいち音が鳴るのが鬱陶しいためバイブレーション機能にしている端末が告げてきたのは毎分毎秒でも顔を合わせていたい待ち人からのもので、講義が終わったのでこれからすぐに行く、遅れてしまってすまない、寒くなってきたから構内のカフェにでも入っていて暖を取っていてくれというものだった。
 そんな気遣い満載のメッセージに猗窩座は思わず口角を上げる。〝昔〟を思えばそんなやり取りなど虫唾が走ることこの上なかったのに。今はこんなにも微笑ましいなと思える自分が何よりも好ましいことだと考えながら、それでも待ち合わせ場所から動くつもりのない猗窩座は、分かった、だが俺はこの場所から梃子でも動かない、お前が来るまで待つからさっさと来い下さい下さいと打ち込み、再びスマホを尻ポケットの中に突っ込む。
 待ち合わせ場所にお互い指定したこの場所は、東西に立ち並ぶ銀杏や欅の紅葉が綺麗な並木通りであり構内屈指の待ち合わせやデートスポットにもなっている。
 そして猗窩座も例外ではなく、学年は違えどお付き合いをしている同大学の恋人と秋になればこの並木通りを通り、色々な秋のスイーツを食べながら談笑したり他愛のない話をしながら歩くのが大好きであった。
「………早く来い」
 降り注ぐ紅葉を見上げながら恋人に想いを馳せて呟くのと同時、かさりという葉を踏みしめる音に、もしやもう来たのかと顔をあげるも目の前にいるのは待ち人ではなく予想だにしていない人物の姿だった。
「もしや君は…、上弦の参…か?」
 〝昔〟の呼び名で呼ばれた猗窩座はかつて鬱金であった今は向日葵色の大きな瞳を更に見開く。
 そこに立っていたのはこの紅葉にも負けじと鮮やかで燃え上がる炎のような髪を持つ男だった。

「……煉獄、杏寿郎…」

 そこにいたのは〝昔〟に対峙したかつての宿敵、鬼殺隊・炎柱でありこの手で命を奪った煉獄杏寿郎。
…今の今までこういうことが無かった方が不思議だと猗窩座は改めて思い知ることとなった。

「よもやよもや! まさか君も記憶持ちとはな!」
「……」
 驚愕のあまり名前を呼んでしまったのが間違いだったと気付いた時には遅かった。例え猗窩座という名前に反応して振り返ったとしても、お前など知らないとごまかせるチャンスはごまんとあったのにと後悔しても遅い。
 ここであったのも何かの縁だと一気に距離を詰められたが、人を待っているからとやんわり断っても、そうか!なら俺も共に待とう!!というよく分からない理屈で並木通りにあるベンチに二人腰を下ろす羽目になった猗窩座の心境はいかばかりか察するに余りある。
 そもそも〝昔〟、猗窩座が鬼になれと勧誘したのは人間時代の名残ともう一つ、本当に欲しいものはあったが手に入らない、手に入れてはいけない・・・・・という自身の呪いからくる行為に他ならない。現に猗窩座はあの夜煉獄だけではなく、竈門炭次郎と共にやって来た水柱の冨岡義勇も鬼へと勧誘していたし、そのはるか昔にも柱をしつこく鬼に勧誘してきたという過去があるのだ。仮にもしあの夜煉獄が鬼になると頷いたところで、鬼の始祖の血に耐え切れない可能性だってあったし、仮に耐えられなければそれまでだと壊れたおもちゃを捨て去るように綺麗さっぱり忘れていた自信しかないと今だからこそ断言できる。

コンプレックスを解消するために別のもので心の穴を埋めても、さらにコンプレックスを強めることにしかならない。

本当に欲しい者はあの時、あの時代、決して手にすることが出来なかった。頸を斬られて、過去を思い出し、地獄に堕ち、そして彼と出会わなければ一生理解できえぬことだった。
「…なあ、煉獄杏寿郎…」
「む? 随分とよそよそしいな」
 隣で勝手にぺらぺらと話す煉獄の話題を右から左へとスルーしながら、お前はお前で随分と馴れ馴れしかったんだなという気持ちを飲み込みながら猗窩座は小さくため息を吐く。
「…お前には、…その…」
 言うべき言葉は決まっているが先が出てこない。例えかつて対峙すべき存在であったとしても、自分の弱さゆえに素直になれずあまつさえ自分勝手な代替行為に暴走し、この手でみぞおちを貫いて絶命させてしまった相手に出会った以上はけじめをつけるのが筋というものだ。
「その…あの時のことは…」
「謝る必要などないぞ!」
「は?」
「何を謝ることがある。俺は俺の使命を全うしただけだ」
「…だが俺はお前のことを本気で欲していたわけではない!」
 確かに戦いにおいては力の差はあれどもお互いの技を出し切り真っ向からぶつかり合った。手負いであった竈門炭治郎を潰そうとしたのも戦法の一つであり咎められる謂れはない。だが猗窩座が自分自身を責めるのはその後のことだ。自分が唾棄していたあの弱者共のように、鬼にならなかった彼を虫けらのように見下し、あまつさえ死者に無知を打つような暴言を煉獄の死後に吐いたのだ。根が真面目である猗窩座は自分のしでかしたことがどうしたって許せなかった。それはひいては自身の恋人に対しての不誠実にも繋がるということも頭でわかっていた。
 隣にいる煉獄はきょとんとした顔をしている。主語を省いてしまったため、聞く者が聞けば誤解を招く発言になるだろうが、二人とも生憎それには気づかなかった。
「…今だから分かったことだが…、俺には本気で欲していた者がいた…。俺よりも弱かった癖にあっという間に強くなって…それでいて心の底から気の毒な他人の幸せのために尽力するような奴だった」
「………」
「俺は俺の弱さに目を瞑り、背け続けていた。その苛立ちから俺はお前やお前の同僚であろう水柱、かつての柱たちをそいつの代用品になるようにしていたにすぎない」
 だから…と少し開いた両ひざの間に組んだ手を置き項垂れる猗窩座に、煉獄はそうかそうか!と相変わらず朗らかに声を掛ける。
「あの頃の君はいけ好かない奴だとばかり思っていたが、何の何の! 随分な惚気を聞かされてしまったな!!」
「んなっ!?」
 気まずさから一定の距離を開けて座っていたにも拘らず距離を詰められバシバシと背中を叩かれる。それなりに身体を鍛えているはずなのに痛みを覚えるほどに強い力に彼もまた自分と同じように体を鍛えているのだろうかと思うと、ほんの少し親近感がわいてきた。
「まあ何だ。こうして君と会えて話が出来て良かった」
「ああ、こちらこそな。煉獄杏寿郎」
 それ以上の言葉はお互いにかけなかった。鬼殺隊も鬼も今の世には影も形もない。あるのはかつて人であり鬼であり、鬼から人へと戻った記憶を携えて生まれ変わった二人の人間であり、そこに殺意も憎しみもない。
「じゃあまたな。縁があったら会おう」
「うむ! 君が今生で手に入れることができた大切な者にもよろしくな!」
「余計な世話だ!!」
 だがこれ以上の縁を育むつもりも二人には毛頭ない。猗窩座には何物にも代えがたい、ようやく素直になって手に入れることができた大切な者がいるし、その者よりも優先してまで友情づきあいする気はない。ましてや執着も薄い博愛主義者である恋人がほんの少しだけ焼きもちを焼いてくるのが煉獄であるのだから、悪戯に接触して不安にさせることなど愚の骨頂だ。
 立ち去っていく煉獄の背中を見ることなく猗窩座は歩き出す。そこの銀杏と欅並木の間に、〝昔〟に比べて線の細くなった体を落ち葉のカーテンで隠すかのように立っている大切な恋人を安心させ、ありったけの想いを伝えるために。

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