Back to the future of we - 1/2

 鈍色の雲から所々澄み渡る青空の下に映える純白の雪と、各地から集められて作られた大雪像が並ぶ屈指の観光スポットとして人気の特殊公園は、三年ぶりの活気に満ち溢れていた。
北の大地を象徴するビッグイベントとして数えられる雪と氷の大祭典は、全国だけじゃなく海外からの人々も訪れる。四季折々の美しい植物やイベントなどにより、1年を通して多くの観光客や市民に親しまれていこの雄大な長さ約1.5Km、面積約7.8haの公園全部を使って展示されている大小さまざまな雄大さや繊細な作りの数々の雪像に魅入り、訪れた人々のテンションは最高潮になっている。
そんな文字通りのお祭り騒ぎの集団にまた一組、ひときわ目立つ二人連れの青年がこの政令指定都市の真っ赤な電波塔を背景に現れその中に加わろうとしていた。一人は白茶けた癖のある長髪を持つ華やかでどこか愛らしさを思わせる顔立ちをした長身の青年。全体的に細身ではあるが胸筋はまるで女性の胸のように目立っているため、ピッタリとしたタイプのコートを身にまとっているせいかどことなく中性的な雰囲気が漂う。
そしてその隣に連れ立つのは南国の花である情熱的という花言葉を持つブーゲンビリアの色をした短髪の青年だった。髪と同じ色のまつ毛に彩られたアーモンド形の目は向日葵色の瞳と相まって猫っぽい印象を周りに与えるが、ダウンジャケットの上からも分かるほどがっしりした体躯をしており相当に体を鍛え上げていることが見て取れる。
そんな人目を引く外見の男二人ではあるが、どうにもこの会場には似つかわしくない雰囲気を纏っており、周囲の人々は目の保養や羨望といった感情を優先するよりも、あまりじろじろと見てはいけないという雰囲気を感じ取り早々に彼らから目をそらし、祭典に夢中になる方を自主的に選んでいく。「ねえ猗窩座殿…」
背が高く中性的な美貌を持つ青年…童磨が、ブーゲンビリア色の髪をして俯く青年・猗窩座に話しかけた。
「そんなに落ち込まなくてもいいんだよ?」
「………」
勤めて明るくカラカラと話しかける童磨の声に、平素なら顔を上げる猗窩座だがこの日ばかりは今にも泣き出しそうな顔でじっと地面を眺めるばかりであった。
こうなった要因はこの雪と氷の祭典にやってくる前に彼らが立ち寄ってきた場所にあった。この政令指定都市の玄関口とも言える駅ビルの中では国内最大とも言えるショッピングモール。その中にある映画館で猗窩座と童磨はとある映画を見てきたのだ。それは〝昔〟の自分たちが一堂に会する場面から始まる、某人気漫画のアニメの新シリーズが今春から始まることに先駆けた劇場公開版であった。迫力のある無限城と美しい映像を組み合わせて出来上がったそれはまさに〝昔〟の…否、それ以上の迫力とリアリティを観客に伝えてきており、如実に彼らの過去を描いていた。
それすなわち、猗窩座がどうしようもない事情があったとはいえ、何も悪くはない童磨を嫌悪感が迸るまま暴力を振るったシーンも細部に渡って描かれていたということになる。それでも流石に余りにも猗窩座が一方的すぎる振る舞いに制作陣がフォローを入れたかったのかは定かではないが、自分の肩に腕を回した童磨の手が記憶にない動きをしていたが、己がやらかしたことはそんなもので補って余りあるような所業ではない。
この劇場版の公開が発表されたとき、奇しくも自分たちの数字が並ぶ鬼にちなんだ日であることに童磨は密かに歓喜したが猗窩座は気落ちしていた。理由を聞くとやはりというかなんというかこのシーンが大画面で公開されることは、自分がいかに狭量な理由で自分に対し落ち度のなかった童磨に手を上げていた事実を突きつけられるのが怖いのだと猗窩座は絞り出すように恋人に語った。それでも、いつかこのシリーズが映画化されたら一緒に見たいという童磨の願いを叶えるため、せっかくだから三年ぶりに開催される自分たちの血鬼術にちなんだ祭典も楽しもうと北の大地への旅券も申し込んだ後に、かつての自分たちが隣り合うムビチケで購入した。
ムビチケで描かれていたデザインは予想以上の出来栄えだった。俺、こんなに人相悪かったか?と自問自答するほどむっすりとした上弦の参時代の顔。その隣に並ぶのは虹色だが紅がまるでハート模様のように愛らしく目立つ上弦の弐時代の美しくも忌まわしかった鬼であった恋人。
こんな無防備な顔をして、現恋人である童磨はあちらこちらの鬼にフラフラと近寄っていったように映画では描かれていた。豊満な胸を強調してかつての上弦の伍である玉壺を持ち上げてその胸の中に引き込もうとするシーンは危うく座席の肘掛けを壊しそうになったほどだ。だが猗窩座のそんなささやか(?)な嫉妬は次のシーンで一気に消沈することになる。
おどろおどろしいBGMが鳴り響き童磨に近寄って行くかつての自分。そしてそのまま無防備な彼の頭に拳を薙ぎ払うようにを叩きこんだのだ。

一分も違えようのない記憶が鮮明に蘇る。俺は何という無体な真似をこの愛しい者に向けてきたのだと、猗窩座はそのまま項垂れてしまった。
だがそれでも楽しそうにスクリーンを見つめる恋人の横顔をちらりちらりと盗み見することでどうにか映画の最後まで気力は保てた。だが猗窩座の気力は舞台挨拶の途中でいよいよ潰えてしまうこととなる。
この日の映画は中継付きであり、ライブビューイングと呼ばれるイベントも全国中継で視聴できるようになっていた。その最中で恋柱を演じた中の人が語ったこの映画の見どころについて語った際、かつての自分たちの関係性を身振り手振りを交えて語り、猗窩座を演じた中の人間の余裕のなさを何度も何度も紹介され、ついに猗窩座は童磨に限界を訴えたのだ。
『すまん、童磨……もう』
『あ、もう出る?』
『ああ…、お前は最後まで見てろ』
『ううん、俺ももういいや』
最前列のAの23・24の席に座っていたので彼らの小声に支障をきたした他の観客はいない。だが背の高さは人一倍ある二人は未だスクリーンに魅入っている観客の邪魔にならないようにひたすら背中を丸めてシアターを後にした。
そのまま言葉少なになった二人は地下の歩行空間ではなく、JR駅から件の雪と氷の祭典が行われていて浮かれている雪道を殆ど無言のまま歩き続けた。少しでもグラグラする頭を冷やす意味でも鈍色の空の下、純白に煌く雪の冷たさに触れれば少しは気分がまぎれるかと思っていたが、猗窩座の気持ちは終ぞ晴れることはなく、そして冒頭に至る。

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