地獄にて愛を込めて

「おいおいおいおい」
筋肉がみっしりと詰まった白い肌に走る蒼い刺青が特徴的な腕が、曲線的な印象を受ける男の方にゆっくり回されていく。
「ちょっと待て童磨」
「どうしたんだい猗窩座殿?」
ほんの少しだけ関節を外し、14㎝の身長の差を無くし、猗窩座と呼ばれる鬼が童磨と呼んだ鬼に腕を絡めて問いただす。
「お前、さっき俺と再会した時何と言った?」
「え、さっき伝えたばかりだろう?」
「ああ、確かに。だがもう一度お前の口から聞かせてもらいたいのだ」
「仕方がないなぁ、猗窩座殿は」
にこやかに微笑む童磨に反し、その物言いに猗窩座は額にビキリと青筋を浮かび上がらせそうになるが、すんでのところで拳を出すのを抑え込んだ。彼が悪気が全くないというのはよくわかっているし、ここで腹を立てて手を出そうものなら一気に形成は逆転してしまうこともよくよく理解している。
「うーんとね」
玉虫色の瞳を左に彷徨わせながら童磨は猗窩座の言ったことを遂行しようとする。
「地獄に行ったら先に猗窩座殿が待っているって思った」
「おう」
「そして君に会えて、胸の高鳴りが止まらなくなった」
「…ああ」
「君に会えたから地獄もそう悪いところじゃないなって思ったんだ」
「そうだよな。お前は確かにそう言った」
しみじみと猗窩座に出会えた時のことを繰り返しながら、青白い頬にそっと薄紅が差す童磨の華の顔を見た猗窩座もまた、彼と再会した時のことを思い出す。
やっぱり君もここに居たんだねと今にも泣き出しそうな顔をして駆け寄ってきた童磨を見て覚えたのは嫌悪感などではない。そもそも猗窩座は童磨を嫌ってなど最初からいない。狛治として生きていた頃に恋雪に感じた時と同じ、胸が高鳴って仕方がない熱く切ない感情を持っていた。
思念の状態だった童磨の身体がその瞬間に再生し、勢いよく飛び込んできたその肉体を抱き寄せ思う存分その存在を堪能した。自分よりはるかに強くそして優しかった上弦の弐。そのことが不甲斐なく、そして抱く恋情がもどかしく辛く当たるしかできなかった情けなく圧倒的な弱者であった自分。地獄で出会えたのは仏の暇つぶし程度の気まぐれか奇跡か。そんなことはどうでもよくなるくらい、猗窩座は童磨との再会にそしてその言葉に感激した。

のだが。

「で…」
童磨の肩に猗窩座は藍色の爪を食いこませそのまま彼の身体をこちらへ引き戻そうとするがびくともしない。
「…なんでその言葉をそっくりそのまま黒死牟に伝えた…?」
それもそのはず。猗窩座の地を這うような低い声に呼応する形で、童磨に抱きつかれ一言一句違わぬ台詞を言われた上弦の壱こと黒死牟が、上弦の弐の身体を抱きしめ、ふ、と笑みを象っているからだ。
「え、だって…、黒死牟殿にも会えるって思ってなかったから」
「思ってなかったからだと!? 思ってなかったのなら何でその台詞をコイツにも吐けたのだ!?」
「だって…会えないって思っていた相手に出会えて、それで胸がドキドキって高鳴っちゃって…」
「お前は誰彼構わず胸を高鳴らせているのかこの無自覚淫蕩我がままボディめ!!」
「そこまでだ……、猗窩座」
拗れた思いと語彙力の限界からか、よくわからない罵り文句を吐いた猗窩座を制止しつつ、密着している童磨の体を更に抱き寄せて口角を上げる黒死牟のその顔は正に強者のそれだ。
「〜〜っ! 黒死牟!!」
オレの童磨から離れろ!と一喝したいのだが、そこまで言うにはまだ猗窩座は自分の気持ちに素直になれなかった。
「相変わらず……お前は、こ奴に度が過ぎるな…」
そんな猗窩座の気持ちなど手に取るようにわかると言わんばかりに黒死牟は不敵に笑い、生前よりもムチムチとした色気が増したように見えるその腰の括れにさりげなく腕を回す。
うーん、流石にちょっと距離が近すぎやしないかなとニコニコ笑いつつもそんなことを内心で思っている童磨の腕が、もうこれ以上は辛抱ならんと言わんばかりに肩から移動させた猗窩座の腕によって引っ張られる。
「痛いっ」
生前、散々頭やあごを吹っ飛ばされても痛みを訴えなかった童磨の叫びに一瞬ハッとなるが、それでもここは引くわけにはいかない。
「猗窩座…痛がっている…、離してやれ」
「そう言うお前こそな。ベタベタベタベタとこ奴にくっつくなみっともない」
「あの、黒死牟殿もちょっと痛い…っていうか鯖折されそうなんだけど俺…」
飄々としている彼らしくもない気弱に訴えは貴重な姿であったがそれに鼻の下を伸ばしている場合ではない強者二人は、生前から憎からず想う相手を挟み、バチバチと見えない火花を散らしていく。

「わぁ、地獄の底で始まっちゃったわねお兄ちゃん」
「そうだなぁああ。つうかお互い鬼生が長いっていうのもあって牽制しすぎてたもんなあああ」
そんな三人から少し離れた岩場で面白そうに見物するのは、かつて童磨が花街で拾い鬼にしてやった養い子である上弦の陸兄妹と、戦闘用BGMとして後の世に最終幻想第五作『大橋のdeath struggle』と呼ばれる曲を琵琶で奏で始めている鳴女の姿がそこにあった。
ちなみに上弦の陸の兄である妓夫太郎は確かに童磨に憧れの念を抱いていたが、それはあくまで母を想う子のような感情である。もっと言えばこの上弦の壱と参の鞘当てを間近で見てきたため、童磨に言い寄るどこの海とも山とも知れぬ鬼や人間が、彼に対しての狂おしいほどの恋情を抱いたこの二名によって屠られ(人間は美味しい食糧となり)、彼は妹と共に証拠隠滅として幾度となく駆り出されていたからというのもあった。
(恋というのはげに恐ろしいってねえええ)
そして想いを向けられている当の本人は感情がよくわからずに、恋というものを知ってみたいという想いがあって幾度となく女をとっかえひっかえして児戯のような恋愛を繰り返し、最終的には救済として糧になったというのだから始末に負えない。
(傾国の美女も真っ青って奴かあああ)
妹の堕姫も確かに男を惑わせて狂わせる素質は持っているが童磨のそれはまた違う。稀有な見た目にプラスして、性格も穏やかであり感情がフラットな分人の話に耳を真摯に傾けてくれる。その大らかさが老若男女を引きつける上、救済とあれば身体まで差し出してくれるという、まさに都合のいい女神のようなものだった。
「ん、なによお兄ちゃん」
「んー、いやいや」
上弦の壱様頑張ってー!猗窩座もまあ頑張れるものなら頑張りなさいよというどっち贔屓なのかまるわかりな応援をする堕姫…梅という名の妹の頭をポフポフと妓夫太郎は撫ぜる。あの人の血を飲んで鬼にして貰い生き永らえた生は後悔などしてない。死に際になって色々と考えはしたが、妹を手放して生きていくことなどやはり出来はしない。何度生まれ変わっても梅と兄妹でいたいと思う以上に、童磨とも出会いたいと想うがやはりそこはあの二人とはまた違う感情なのだ。

と、妓夫太郎がそんなことをしみじみと思う最中にあっても尚、黒死牟と猗窩座は童磨を挟んでまだギリギリとにらみ合いを続けていた。
「黒死牟! 貴様は以前から此奴は自分のものだという面をしていたが、死んだ今となっては序列もへったくれもない! 童磨は俺が貰う」
「え、ええ??」
素直に想いを言えないというためらいなどこの場においてあっても無駄だと腹を括った猗窩座は童磨への秘めた思いを叫ぶと、ぐいっとその腕を引っ張りその豊満な身体を抱き寄せる。先程は心にもない罵りをしてしまったがその豊満で柔らかくほんのりとした甘い匂いすら感じる想い人の腰に手を回し、思う存分夢にまで見たその感触を堪能した。
「猗窩座、どの…?」
「童磨…」
戸惑いに揺れる虹色の瞳に見下ろされて猗窩座は改めて覚悟を決める。ここはもう意地を張っている場合ではない。長い鬼生が断たれこれから永い間地獄での服役期間が待っている。であれば今のぬるま湯のような関係を断ち切り、来世に向けて勝負を仕掛けてもいいのではないか。
「先程は…否、今まですまなかった。俺は、お前のことを嫌いではない…。むしろずっとお前を俺のものにしたくてたまらなかったのだ」
「え? えぇ??」
がっしりと両手を握り締められ真摯なひび割れた氷と鬱金の瞳に見つめられた童磨の胸がドキドキと早鐘を打つ。ちなみに鳴女が奏でているBGMは後の世に性別機関銃という楽団によって発表される『性的魅力のヒーローによる革命』のアコースティックバージョンであった。
「その、あの…猗窩座殿…、俺は…」
先程まで鳴りを潜めていた今は既に再生した心臓がドキドキと高鳴るのを感じてしまう。そう、確かに猗窩座に再会した時、地獄の入り口で蟲柱にときめいた時以上の心臓の高鳴りを覚えたのだ。そして地獄とはそんなに悪いものじゃないかもと思った自分の考えを裏付けるように養い子である上陸兄妹とも出会い、更には黒死牟とも出会えた。
錯覚だと思っていた恋に似た気持ちを再度思い出させてその胸に灯してくれたのはまぎれもなく猗窩座だ。会いたいと思っていた、仲良くなりたいと思っていた彼にそう言われて嬉しくないはずがない。だがそれはあくまでも親友であるならの話である。
「俺のものになれ、童磨」
先程は身長の差を根性でなくしていたが、それだと何も意味がない。ありのままの自分を受け入れてもらいたくて元の背に戻り、その差を物ともせず真剣に両手を包み込み真摯に口説く猗窩座に、『きゃあっ、やるじゃんあのまつ毛!』と堕姫の黄色い悲鳴が響く。それは隣にいる妓夫太郎も同感だった。やるじゃねえかあの鍛錬馬鹿。
「猗窩座殿…、俺は…」
だがそんな童磨の返事を悠長に等待っていられない男はもう一人いた。
「童磨……」
「あ、黒死牟殿…」
剣だこの出来た指がそっと童磨の顎を掴み自分の方を向かせる。こちらは童磨よりも長身であることを活かした、後の世で顎クイと呼ばれる仕草でもって童磨をリードしにかかる。黄色い悲鳴を上げていた堕姫がポーッとなっているのを見て、まあ、確かに様になるなぁと妓夫太郎も思った。ちなみにBGM担当の鳴女もその様子を見て琵琶の音を止め、懐から塵紙を取り出し赤く染まり始めた鼻に当てたほどである。
「…私とて、貴様を憎からず想っている…。序列のためなどと…建前を付けていたが…、お前を放って等おけなかったのだ…」
「そんな……」
周囲から見れば、それこそ恋敵の猗窩座だって黒死牟が童磨に対し気持ちを砕いていたことが分かる。だが童磨は表面上にある気持ちの裏側を読み解くことが苦手だったので、黒死牟のあの態度は従属関係に罅が入ることを良しとせず、序列を重んじての行動だと真剣に思っていたしその言葉をそのまま飲み込んだのだ。
だから猗窩座の言葉も黒死牟の言葉もいきなりのことで頭に情報処理能力が追い付いて行かない。これこそが恋心を向けられるということなのであるが、片や親友、片や上席からこんな風に想いを向けられるなどとは思っていなかった。今までの自分なら「二人とも冗談が上手いなぁ」と言えただろうが、蟲柱とのやり取りで胸の高鳴りを知ってしまった以上、そんな風に流せることなど出来はしなかった。
「童磨」
「童磨…」
少しだけ甲高さが残る真剣な少年の声と、しっとりとした重低音の声が自分の名前を呼ぶ。
「猗窩座殿…、黒死牟殿…」
そうしてそんな風に名前を読んでくれた二人の人物の字を彼も呼ぶ。
「今、ここで決めてくれ。俺か黒死牟か。どちらを選ぶか」
「え、待って…!? 今すぐ……?」
「ああ…、今…、すぐにだ」
「そんな…」
そんなことを言われても、と童磨は思う。かつて下弦の陸が始祖の前でそう思った際、瞬時にひねりつぶされたきっかけになった言葉だが、全くそれとは状況が違う。
たった今、知ったばかりの感情に戸惑っているのに、すぐに結論を出してほしいと二人は言う。確かに二人とも大好きであるし人のために尽くしたい性格の童磨としてはその期待に応えてあげたいと思う。だがしかし、これはすぐに答えを出していいものではないということは流石に分かる。だってそんな目で彼らを見てなどいなかったし、二人とも大好きで大切だから悲しませたくなどない。恋心で身を持ち崩して悩み苦しむ信者たちと同じ想いをどちらにもさせたくなかった。
「あー。ちょっといいかああ」
とここで、ずっと今まで成り行きを見守っていた妓夫太郎がガシガシと頭を掻きながら手を上げて三人の中に割って入っていく。妓夫太郎君、と少しほっとした顔をする童磨の横で、今にも射殺さんばかりの表情で見つめて来る上弦の壱と参の顔を目の当たりにした上弦の陸の兄は、おお怖い怖いと身震いする。
「お兄ちゃん!」
「大丈夫だ梅ぇ」
怖いものを知らない梅ですら猗窩座と黒死牟の様子に最愛の兄が殺されてしまうかもしれないとい不安に駆られたが、曲がりなりにもこの手のことは妓夫太郎がこの中で一番手慣れていた。
「あんたらが焦るのは分かるけどよぉ、もう少し童磨さんの気持ちを考えてやれよ」
「何だと?」
ぴくり、と猗窩座のこめかみがひくつくのが分かる。養い子という立場で童磨の傍にいることを許していたこの上弦の陸の真打ちには自分たちの後始末を手伝わせていたから童磨にそんな気がないのは分かってはいるが、自分たちよりも童磨を分かっているという態度が気に食わない。そんな猗窩座の顔を妓夫太郎も黄橡の目で負けじと下から睨めつける。さながらそれは敬愛する母を困らせるなと牽制する息子としてのものだった。
「あんたらは永い事そうやって童磨さんに懸想していたんだろうけどなぁ、童磨さんからすりゃあ寝耳に水の話だろおお? そんな素振り見せてこなかった奴等からいきなり好きだのなんだの言われていっぱいいっぱいなのに、さっさと決めろとかよぉおお」
「うっ…!」
「……確かに…」
養い子からの鋭い指摘に、先走ってしまったと童磨の親友と上司は自信の至らなさを反省する。そして童磨はあんなに小さく痩せぎすだった子供が逞しくなって…と、思わずほろりと涙ぐんでしまっていた。
「流石お兄ちゃん!」
そうして梅も駆けつけてきて思いっきり妓夫太郎に抱きつく。うんうん、本当に仲いいなこの兄妹と更にほろりとする背後で、興奮が落ち着いた様子の鳴女がしっとりとしたバラアドを奏で始めていた。
「だからよ、とりあえず童磨さんの気持ちが固まるまでもう少し待ってやれよなあああ。娑婆に出るまで俺たちにゃまだまだ時間があるんだからよおお」
童磨の恋心とは一番遠いところにいる妓夫太郎からの指摘に、恋心に先走った男二人はうぐ、と反省する。やっぱりお兄ちゃんが一番素敵!とはしゃぐ梅に、うんうん妓夫太郎君は本当にいい男だよと頷く童磨の顔が聖母めいていて、それを見て更に恋に堕ちてしまった男二人の心情は推して知るべしところである。

果たして地獄の入り口で知りえそうで知りえなかった恋心は、地獄の真っただ中で二人の男から教えてもらうことになった童磨が果たしてどちらを選んだのか…。それは地獄の閻魔にも天国にいる神にも今はまだ知る由もないことである。

 

 

最終的にこの話は最後はどまさんがどちらを選ぶのかをはっきりさせていませんでしたが、当初では座殿としぼ殿がどまさんの彼ぴの位置を巡って地獄中を巻き込んだ入れ替わりの大血戦をやらかすつもりでした\(^0^)/
結果、地獄の殆どが大崩壊☆ 鬼たちは連帯責任で世界がn巡するぐらいの永い時を地獄への復旧作業に費やしてようやく転生を果たしますが、その頃の世界は大きく変わっていて多重婚が全然おkだというオチにするつもりでした\(^0^)/
鳴女ちゃんが戦闘用BGMとしてFF5の『大橋のdeath struggle』(要翻訳)と性別機関銃(要英訳)の『性的魅力のヒーローによる革命』(要翻訳)を奏でているのはその名残です。
ちなみに元の曲はこっちからどうぞ。
※今思ったんだけどSHRのPVの配役、すし子さん:どまさん・Anchang:しぼ殿・ノイジー:座殿で当てはめて見てみたら二度美味しいことに気づきました\(^0^)/(ちなみにこの曲のアコースティックバージョンは多分ないです)

ちなみにオチがなんでこんなに変わったかというと、妓夫太郎君の存在がやっぱり大きいですね。
だっていきなり生まれたての恋心を温める間もなく、実は前から長いことお前が好きだったって言われても「ええ、そんなこと言われても…」状態なわけで。そんな相手を差し置いてすわ大血戦だと言われてもどまさん的には普通に困ると思いますし、多分どちらを選んだとしても上手くいかなかったと思います。いや、ギャグならそれはそれでありかもしれませんけども(^_^;)
なので拾ってもらった恩をこういう形で返す形になった妓夫太郎君はこの話で一番美味しい役目だったんじゃないかなって思います♪ お兄ちゃんの格好良さを認識する梅ちゃんも書けて満足です♪

タイトルは『地獄より愛を込めて』(聖飢魔Ⅱ)より

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