花火の向こうに伝える愛 - 1/4

「んんー! 今日も一日終わったなぁ」
パソコンの電源を落とした童磨はリクライニング機能が付いたゲーミングチェアの上で思いっきり伸びをする。この一週間はほどほどに忙しく、新作の動画配信や新たに展開するビジネスモデルのコンテンツ作りに励んでいた。なので同棲している猗窩座とはあまり触れあえない週であったが、実は猗窩座も猗窩座で同じく一週間前に北の大地に出張に行っていた。いつかのクリスマスとは違い、年に何度かの出張を経験して行くうちに出張の度に落ち込む回数は減り、だんだんと童磨と離れて過ごすことに慣れていった。とはいっても毎回行ってらっしゃいの挨拶と離れている分だけ交わすキスの習慣は決して消えることはないのだが。
そんな変化を童磨は成長したなぁ…としみじみ思いながら、今は北の大地は涼しいからいいなぁという感情を挟みながら見送った童磨の元に、電話が入ったのは花金の夜のことだった。
「はーい、もしもし?」
ディスプレイにはしっかり猗窩座のアイコンと名前が書いてあるので相手を取り違えることはない。黄昏の初刻も2/3過ぎた頃、本日の動画配信も終えてそろそろ一息着こうと思っていた時に恋人からかかってきた電話にテンションが上がるのが分かる。
「おーい、あかざどのー?」
しかし電話の向こうの相手は黙ったままだった。もしかしていつぞやの冬のように猗窩座殿以外の誰かが出ているのだろうか? そう言えば都田さんは元気でいるのだろうかと関係のないことを考えた童磨の耳にかすかにどーん、という重低音が聞こえてくる。
「…ああ、どうま」
その時ようやく猗窩座の声が聞こえてきた。心なしか声が遠い気がするが屋外にいるのだろうか?
「うん、童磨だよ。元気?」
「……ああ」
一拍おいて聞こえてきた猗窩座の声に童磨はあれ?と思う。明らかにその声は平素の覇気が感じられなかった。
「本当に? なんだか声に生気が感じられないんだけど…」
「ふはっ、生気ってお前」
小さく噴き出す声と続いて聞こえてくる笑い声。でもやはりどこか元気がないようで、童磨は思わず電話を握る手に力が籠められる。
「…なにか、あったの?」
「っ、」
ひゅっと猗窩座の微かに息を呑む声が聞こえてきた。それと同時に再び彼の電話からどどぉんという重い音が聞こえてくる。
(あ)
唐突に童磨は思い至った。これはそう、花火の音だ。
「ねえ猗窩座殿」
「、なんだ?」
気を取り直したかのような猗窩座の声が聞こえてくる。そんな猗窩座の側に無性に飛んでいきたくなった童磨は、ひっきりなしに聞こえてくるその音の正体を彼に尋ねた。
「花火、上がってるのかな?」
「っ、ああ、そうだ」
「そうかぁ…、そう言えばあの時もこの時期に上がっていたよねぇ」
童磨が言うあの時とは、数年前に訪れた北の政令指定都市にある弐と参に所縁のあるエリアでのことだった。
最初の予定で最終日間近の日に庭で花火をやっていたら唐突に夜空に打ちあがった花火に圧倒され、改めて猗窩座に想いを伝えられた夜。

────…俺はお前と話していると楽しい。
────…お前とこうしていられるのは当たり前だけど当たり前じゃない。奇跡だと思っている。

────…来年も再来年も、ずっとこれからもお前とこうして一緒にいたい。

記憶力の良い童磨が熱烈な猗窩座の告白を思い返しながら、本当にずっとここまで来たんだなぁという感慨深さが湧き上がってくるのと同時、ついに押し黙ってしまった猗窩座を今すぐどうにかしてあげたいという気持ちが湧き上がってくる。

「…ねえ猗窩座殿…」
「…」
無言のまま電話の向こうで佇んでいるであろう猗窩座に声をかける。
「…俺ね、俺もね…。ずっと猗窩座殿と一緒にいたいよ」
「え…」
「何をいきなりって思うかもしれないけど、そっちの花火の音で思い出したんだぁ。
あなたが前に言ってくれたこと」
「っ!」
スマホを持ったまま童磨は立ち上がりベランダへと向かう。少しだけ涼しくなった夜の空気を纏いながら、新月が浮かぶ北の方角の空を眺めながら言葉を続けていった。
「…猗窩座殿がいる生活が当たり前になってたけど、やっぱり当たり前じゃないなぁ。…だって今の猗窩座殿の様子が分からなくってこんなにやきもきしてるんだもの」
ベランダの柵に片手を乗せすっかり陽が落ちるのが早くなり藍色になった空を眺めながら童磨は言葉を続ける。そんな童磨のスマホの向こうにいる猗窩座は黙ったままだった。
「…ねえ、猗窩座殿」
「…童磨…」
声が震えているのが伝わってくる。隠されてしまうかもしれないけれど、声だけじゃ足りないと感じた童磨は柔らかく言葉を紡いでいく。
「…お願い。猗窩座殿と一緒に花火が見たい。見せてくれるかな?」

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