見晴らしのいい緑地の公園は花火を見上げる人でぎっしりと集まっているため、それを避けるために猗窩座は人気のない住宅街の方向にある出入り口からその場を後にする。
殆どが花火に夢中になっているため、ただでさえ裏通りのそこは人っ子一人いない。
相変わらずどぉん、どどぉんという音と共にぱぁぁあっと明るく目映い光が頭上に落ちてくる。
ここでならいいかと辺りを確認しながらも、念のためのことを考えてアパートと塀の隙間に入り込んだ。まるで野良猫のようだなと思いながら、ポケットに入れるでも電源を落とすでもなく大きな掌に握ったままだったスマホを目の前に持っていく。
「待たせたな、いいぞ」
『ううん、待っていないよ』
急がせちゃったね、ゴメンねと苦笑しながら謝る童磨の唇に思う存分触れ合って塞ぎたいという気持ちを込めながら、猗窩座は目を閉じそのまま液晶に口づける。そのタイミングで、はっ、と童磨は言葉を区切り息を呑み込んだ。そのタイミングがまさにいつもキスをしているときの童磨と同じで、液晶から唇を離した猗窩座は思わず笑った。
「ははっ、お前いつもと同じタイミングだぞ」
『むむぅ…、だっていきなり近づいてくるから』
そんな童磨の言葉から彼も自分からのキスを待つために液晶を近づけていたことが分かって、ますます猗窩座の胸に温かいものが灯っていく。
空の上からは相変わらず花火の音が響いているが、猗窩座の胸の中には耐えがたい焦燥感は消えていた。
いともたやすく消えたわけじゃない。童磨が気付いて提案してくれたからだ。
そして童磨もふさぎ込んでいた猗窩座が笑ってくれていることに胸の中が温まる感覚を覚えていた。
今にも泣き出しそうな表情をこらえている猗窩座の傍にすぐにでも触れたかった。以前のクリスマスのようにコッソリ内緒で訪れてビックリさせたいという気持ちとは違い、本当にすぐにでも猗窩座に触れて『大丈夫だよ俺はここにいるよ』と伝えたかった。
だけど物理的にも距離的にも無理なのも分かっていたから、とっさに口をついて飛び出した自分にしてみたら突拍子もないことを実行してくれた猗窩座への愛がまた一つホワホワと童磨の心に降り積もる。
『童磨…』
「ん」
向日葵色の瞳がまるで蜂蜜のような甘く優しい光を放っている。
(あ…)
そして猗窩座の唇が軽く突き出されるのを見た童磨の胸は更に甘くときめきを訴えた童磨の唇が液晶に落とされたのはその二秒後のことだった。
花火大会の金曜日、週末を前にした恋人たちは人知れず路地裏でスマホ越しにキスを交わし合う。再会した夜はお互いに融けてぐずぐずになるまで相手を求めたいと強く願いながら、猗窩座と童磨の邂逅は最後の花火が打ちあがるまで続けられたのだった。
BGM:花火に消された言葉(FF7)/山の向こうに(FF7)
座殿的には花火と自分が遠く離れているということはちょっとまだ怯える気持ちがあるんじゃないかなーと。そんな座殿を救い上げるどまさんっていうのを書きたかったのです。
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