俺の親友が色々とつれない件について - 4/5

パターン③

…実は、と目の前で正座をして口火を切った擬態した親友の夜空の色をした瞳孔を童磨はじっと見つめる。相変わらずバサバサとしたまつ毛は蓮の色なんだなぁ、髪の色が黒いってだけでこんなにも印象が変わるのかなどと思いながら、建前上信者ということでやってきた漸・閼伽と名乗る(どう見ても猗窩座本人である)その人物は躊躇いがちに言葉を紡いでいった。
「…俺が、こんなにも想っているのに…、こちらの気も知らないで、平気で無防備に惜しげもなく豊満な身体をくっつけて来ては耳元でささやきかけてくる馬鹿がいるんだが、どうしたらそいつに分からせられるか知りたいのだ」
「…」
ニコニコと話を聴いていた童磨だったが、表情はそのままで内心は驚愕していた。

あの猗窩座殿が?
想いを寄せている人がいる??
え???
えええええ?!?!?!?!

「なるほどなあ、そうだったのか」
教祖としての仮面と声を使う童磨はその声は表に出さない。あくまで猗窩座は偽名を名乗ってまで信者としてここに来ているのだからその辺はわきまえなければならない。どんなに退屈であくびが出そうになるほどの身の上話でもうんうんと聞いており、先程無限城に召集される前日もそうした信者の話を聞いてやったばかりであるが、猗窩座のその突然の独白は平坦な教祖としての日常を送っていた童磨の心にズドンと衝撃を与えるには十分すぎるものだった。
(へぇ~、あの、猗窩座殿が…ってアレ?)
だからあの時の戯れや会話の途中で退席したのはそう言った思うようにいかなくてモヤモヤしていた事情があったからなのかと納得する中、やってきたのはほんの少しだけツキツキとする胸の内の感触だった。
(何だろう、これ…)
「なあど…じゃない、教祖様。俺はどうすればいいんだ?」
うっかり名前を呼び掛けて訂正をかけるあたり、彼は本気で悩んでいるのだろう。そもそも本気で悩みが無かったらあのつれない彼が姿形を変えてまでこんなところに来るわけがない。だから今は好奇心赴くままに聞き倒したい親友ではなく教祖としての役目を全うすることが先だ。
(とはいったものの…)
実のところ童磨も恋愛関係の機微はさっぱりと言っていいほどわからなかった。身を持ち崩す感情を知りたくて相手を変えた児戯のような恋愛ごっこを女と結んだことはあるが、どの相手もちょっと微笑みかければあっという間に熱を上げてくる。穏便に別れられた相手もいるにはいたが、大抵は一緒になれなければ死んだ方がマシという女性の方が多かったので救済も兼ねて美味しいご飯として頂きつつ、そういう嫉妬心や独占欲の類は何となくだが掴んではいたものの、こと片思いに苦しむ感情はさっぱりと理解できなかった。
親友が正体を隠してまで恋を成就させたいのだと相談しに来ているのならそれに答えなければならない。ツキリ、ツキリとした感覚が一体なんなのかが分からないまま、童磨は自分の中にある体験家から得た記憶を静かに反芻していく。
「うん、君の悩みは分かったよ。それならばこうすればいいんじゃないかな?」
紫色のフカフカとした洋風座布団に座り直しながら、童磨はかつて児戯のような恋愛を繰り返してきた際、初手の段階の駆け引きで女性が一番喜んだ方法を彼に分かりやすくかみ砕きながら伝授したのだった。

 数日後。
 無限城の中にある信者を救済するために宛がわれたスペース内にそろりそろりと近づいてくる足音に童磨は今日も来たのかと振り返る。
「やあやあ猗窩座殿」
 そう朗らかに声を掛けるも、数日前姿を変えてやってきた鬼は仏頂面のまま、ん、と大き目の頭陀袋を渡してきた。
「また、俺にくれるの?」
「……ああ」
 部屋一面の水面に蓮が咲き乱れる中、その上に渡された床板の上に一度その袋を置いて中身を確認すると、死にきれない女がびくびくと身体を震わせている。
 猗窩座は女を殺せないが、半殺しや生殺しまでならできる。そもそもそんな明確な弱点を克服する気概もない者が幾らあの方のお気に入りとは言え上弦の参という立ち位置にいられるはずもない。その懸命さをあの方に買われているんだなとふんわりと思いながら、それでも親友から送られた食糧は美味しく吸収していただくことにした。
「ふう、ご馳走様」
「お前なぁ、もう少し味わって食え」
「えーっ、味わっているよ? というかあのままの状態にしておく方がよっぽどつらいし可哀想だから早く楽にしてあげたくて」
 そう素直に気持ちを吐露すれば猗窩座は何とも言えない気まずそうな顔をした。別に女を殺せないことを攻めているわけじゃない。ただ、しとめ切れていない獲物をあの日から毎回持ってくる彼は、なんだか飼い主にタンパク質をお裾分けする猫のようだなと思った。本人の名前は犬なのに。
「と、ところでだな」
「ん?」
 いつもなら童磨が猗窩座からの贈り物を受け取ったのを確認したらさっさと立ち去るはずだが、どうにも今日は様子が違っていた。
 何か言いたいことがあるのだろうかと、猗窩座の顔をまっすぐに見つめると、彼はどことなく頬を赤くしながら砕けた氷のような湖に浮かぶ鬱金色の瞳を童磨に向けていた
「お、俺の気持ちは分かってくれたか…?」
「え、猗窩座殿の、気持ち…?」
 はて、一体何のことかと考えを巡らせる。先述した通り猗窩座が童磨に贈り物をするようになったのはこれが初めてではない。厳密に言えば漸・閼伽が訪れた翌日から始まったことだ。
 圧倒的に信濃の国のおはぎを思わせるような女が多かったが、それ以外にも酒風呂として使えと大吟醸や、青い彼岸花を探すついでに見つけたからお前の殺風景な仕事場にでも飾れと色とりどりの花々を手渡されている。そんな猗窩座の急激な態度の変化が、漸・閼伽が訪れた翌日から始まっていること。この二つを関連付ければそれが一体何を示すものなのかよほど鈍くない人間であれば察しが付くだろう。

 だが残念なことに童磨はそのよほどの部類に入ってしまうタイプであった。

「そうか! 猗窩座殿は俺と仲良くなりたいんだね!!」
 花の咲くような笑顔でもってそう伝えてきた童磨に猗窩座の顔もパッと明るくなる。
「そ、そうだ! その…無限城でのことはやり過ぎたと思わないでもない。だが俺はお前のことを憎からず思うが故に」
 顔を赤くして俯くように、ずっと謝れなかったあの日のことを謝罪する猗窩座。素直になれない武骨な男の精一杯の愛の告白であることは明らかだ。発酵した女性(稀に男性も存在する)達からは、ツンデレ純情ボヲイ×天然ふんわり巨乳幼女系ボヲイとして支持されるジャンルそのものの状況である。
 自分の想いが受け入れられるということはこんなにも素晴らしいものなのかと内心でしっかりと幸せを噛みしめる猗窩座に、童磨はふるふると首を振った。
「ううん、あの時も言ったけど俺は気にしていない。ああでもやっぱり、こうして人は仲良くなるもんなんだなぁ」
 俺は嬉しいぜと本当に嬉しそうにコロコロと笑う童磨に、あ、もうこの場で押し倒そうそうしようと一足どころか霹靂一閃・神速並みに踏み出しかけた猗窩座の幸せな時間はここまでだった。
「同じ上弦として、親友としてこれからもよろしく頼むぜ猗窩座殿」
「…………………………は?」
黒死牟並みの三転リーダーを並べての沈黙の後、思わず地を這う声が出てしまったが彼を誰が責められようか。
「……は? なあ、もう一度、言ってくれないか?」
「えー? よろしく頼むぜ?」
「違う、その前だ」
「うーんっと…同じ上弦として親友として」
「それだ!!」
「わっ」
 がしっと猗窩座の両手が童磨の肩を掴む。
「親友!? お前、お、俺を親友だと言ったのか?!?!」
「え??え、うん、そうだけど」
 何だろう、そんなに感極まって涙を流すことの程かな?だいぶ前から俺は猗窩座殿の親友だって本人に言っているのに聞いていなかったのかな?? 
 あの方の命令で方々を飛び回っているし、つい最近𠮟責もされたって聞いたから疲れているんだなと考える童磨の前で、猗窩座は感極まるどころか氷のようにひび割れた結膜を血走らせながらぼろぼろと血の色をした涙を流している。
「じゃじゃじゃ」
「猗窩座殿それをいうならじぇじぇじぇだよ」
 俺の気持ちはこれっぽっちも伝わっていないのかという絶望の言葉を口にする前に、男心などさっぱり理解していない童磨が某公共放送で放映された連続テレビ小説第88作目の流行語を口にする。
 その瞬間、何かがぶちぎれた猗窩座の両手が童磨の肩をがっちりと掴み、その身体を後ろへ倒しかけてはすごい勢いで引き戻し、また倒しかけるのを繰り返す。
「え、ちょ、まっ、」
 がっくんがっくんと上弦の参の馬鹿力で揺すぶられながら何事かを喚いている猗窩座だが、先程吸収した女がどうやら微量の稀血持ちらしく完全に消化しきれない童磨は顔色を徐々に悪くしていく。
「あか、ざどの……ごめん、ちょっと離れて…」
「はあ!? お前はやっぱり俺の純情を」
 この期に及んで訳の分からないことを言う猗窩座に構っていられず童磨は猗窩座の身体を押し返し後ろを振り向く。幾ら親友だとは言えども彼の懐に吐き戻すわけにはいかないという童磨なりの配慮だったのだが、極楽から地獄へ突き落された猗窩座を更なる奈落へ叩き落とすには十分すぎる行動だった。
「んっ、ん…っ」
 折角取り込んだ命を吐くなんてことはしたくはないので胸と胸の間を軽くさすりながら童磨は消化に集中する。詰まり気味に感じた胸部から腹部の食道はその甲斐あってか正常の動きに戻り、一時的な気持ち悪さから開放された童磨はもう一度猗窩座の方を振り向いたが。
「猗窩座殿、話してる途中なのに…」
 ほんの少ししょんぼりとした様子でそう呟いた童磨の虹色の瞳には、先の時と同じ、自分の会話の途中で物凄い勢いで蓮の間から離脱していく猗窩座の後姿が映っていた。

 童磨は知らない。
 この時の彼が自分の想いがミリも伝わっていないことに対してのやるせなさと切なさと悔しさに涙をちょちょぎらせながら走り去っていったことに。

 その翌日、泣きはらしためを隠そうともせず漸・閼伽という信者として再びやってきて、『親友から恋人として意識させるにはどうしたらいいと思う?』『だんだんと例の馬鹿が俺を意識してきたようだがここで決め手となるアプロヲチはないか?』と彼専用の恋愛アドバイザーとなってしまい、教祖業に支障が出てしまう寸前まで行き、一生のお願いだと鬼の始祖に珍しく泣きついて彼を出禁にする羽目になることなど全くもって知る由もない。

 ちなみに漸・閼伽こと猗窩座はこのことが始祖にバレ、当然のことながらこれでもかと締め上げられた。だが、猗窩座が無惨のお気にいりであること、そして彼が手掛けている裏稼業としてのネタを提供してくれたことに対して密かに感謝した始祖によって惚れ薬を手渡され、紆余曲折の後無事に童磨と結ばれることとなるのは、それから三二日後のことであった。

個人的解釈ですが、座殿は女は殺せないけれども半殺しや生殺しにするくらいまでならイケると思ってます☆ いちいち一般人や鬼殺隊員を殺せなかったら露骨な穴として敵方に知られちゃうからね☆一応は努力はしていたんだよきっと!!

ちなみにタイトルについてですが、これはどまさんと座殿、どちらにも通じる意味で付けました。
座殿から見たってどまさん相当つれなく接しているよってね☆

 

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