X’mas love is amazing 番外編 - 1/3

番外編1:ある倦怠期のモブパイセンが新人とその伴侶を鬼にした話
※うっすらモブ猗窩注意

俺は都田。平々凡々とした人生を歩んできたごく普通の一般市民。入社して三年弱。とある会社の支店からの出張でここに来ている。
出張は11月からで期間は年内まで。比較的穏やかなスケジュールだと思うのだが一定の層にとってはある問題が一つ存在する。それは思いっきりクリスマスにまたがってしまっているという点だ。
独り身であればリア充ざまあwwwだのとおちょくれるネタにはなるだろう。だがしかしあいにくと俺には恋人がいるのでその枠には入らない。とはいってももはや惰性で一緒にいると言っても過言ではないため、今時クリスマスでウキウキ浮かれるほどの関係性ではない。ここ近年のクリスマスはただお互いの部屋に言っておざなりにプレゼントを渡しケーキを食べてクリスマスの雰囲気を味わってそのまま…といったマンネリ化したパターンとなっていたので、今回の出張はある意味で新鮮だった。
ちなみに今回の出張では今年に入ったばかりの新人もいるのだという。入社してから抜きんでて成績がいい奴で、この出張で比較的成長が見込める奴だという。そんな期待の新人は、どピンクの髪と豊かすぎるまつ毛を持つ、少々あどけなさをもつベイビィフェイスだが、がっしりとした体つきをしている男だった。この仕事は縁の下の力持ちともいわれているため体力勝負な部分もあるので、体つきからはかなり鍛えているのだと見受けられる。
しかしながら顧客と全く喋らないというわけではないので、やや不愛想な部分が少々気になった。声をかけても「うす」で会話は終了。そちらから話を振ってくることはない。
…まあ、新人だからその辺はおいおい慣れていくしかないのだろう。外見の派手さから陽キャやパリピ系かと思っていただけに、その寡黙さは意外なギャップで硬派な印象を与えるな…等とその時の俺は暢気にそう思っていたのだ。

***
「おいぃ~、きいてんのかぁ?」
「は、はい、聞いてます」
「おぅ、そうかもっと聞きたいかぁ~」
「いえ、もうおなかいっぱ「あ゛あ? おれのろうまをおなかいっぱい食いたいとかおまえあしたのあさひをおがめるとおもうなよ?」

…どうしてこうなった?

出張して初めての週末の今日は出張組の慰安を兼ねた歓迎会が、開店当時は八坪の大きさしかなかったことが由来となった名前の居酒屋で開かれていた。
出張組の歓迎会という名目だが、要は単なる飲み会である。なので飲みたい上司は上司で固まって飲んでいるため、出張組は固まって必然的に会話をする流れになっているが、この時点でもピンク頭…自己紹介では頼田猗窩座名乗ったこの男は、会話に積極的に加わることなく飲みたいペースでちびちびと酒を嗜んでいるように見えた。
時折隣にいる人物に話しかけようとしてはハッとなってまた酒を飲むのを繰り返していたので、すわ人見知りか、もしくは新人でこんな場所に放り込まれてはさぞかし居心地が悪いのかなんて思っていたのだが、ある会話を境にそれは一転した。

『今年のクリスマスはまさにクルシミマスだよなぁ~』

そんな話題を出してきた同期のモブBを俺は心底恨む。悪気はなかったとしてもだ。そしてそれに『分かるww むしろクリスマスなんてあってないようなもんだし、それにかこつけてどんちゃん騒ぎをしたり、惰性でプレゼント渡したりケーキ食ったりセックスしたりするのも苦行だよなぁ』と乗っかかった大馬鹿野郎な数分前の自分にマッハパンチを喰らわせてやりたい。

『おい』

一瞬で空気が氷点下まで下がったかのような低い声は頼田から発せられたものだった。気のせいか、なぜか彼が座っている場所に氷の結晶の陣がでかでかと見えたような気がした。
『貴様…、恋人と過ごすクリスマスが苦行だと言ったか?』
『は、はい…?』
『恋人と! 過ごすクリスマスが! 苦行だと!! お前は言ったのかと聞いている!!』
『は、はぃいいいいいいいい!!』
鬼だ。鬼がいる。
そう思ったのは俺だけではない。その証拠に俺に話を振ってきたモブBを始め他の参加者も、果ては上司たちもグラスを片手に固まっている。
『貴様ああああ! 俺が一体どんな思いでここに来たと思ってるんだあああああ!!!』
いやごめん全然知らないし俺お前のこと今日初めて知ったからそれがお前の地雷であることは今初めて知った。
しかもこの激高ぶりからすると、恐らく今年が初めてその恋人と過ごすクリスマス予定だったらしい上、かなりのべた惚れ状態なことがうかがえる。
なんかそのすまん…と上座の方で俯いている上司群を見た他の出張組も身につまされたのか気まずそうにしていて、この空間はある種の地獄と化していた。
やべぇ、俺このまま息を引き取るのかな…。こんなことならあいつとのこともっと真剣に考えておけばよかったと、今まで過ごしてきた時間が脳裏に浮かんでは消えていく。
…もしかしなくてもこれ、走馬灯ってやつじゃねえか? え、うそ。俺本当にこのままここで終わっちゃうの? 死因は”クリスマスの話題を出したら恋人にべた惚れな新人に縊り殺された”ってか?ははははははやだちょっと待ってホント待て。
真剣にこの世と泣き別れカウントダウンが刻一刻と迫ってくると実感する中、ピコン♪という軽快なLI〇Eの着信音が鳴り響いた。
殺伐とした空気が一瞬緩む。それと同時俺の胸倉をつかんでいた腕も緩んだ。
ばっと俺を掴んでいた手が離れたかと思うと、ものすごい勢いで上着のポケットをまさぐって頼田がスマホを取り出す。まさかまさかの奇跡に俺は自分の悪運に心から感謝した。
しゅばばばばと液晶をタップしてメッセージを送り終えたのか、鬼から人間に戻った頼田がどかりと腰を降ろして俺の空いているグラスに酒を注ぐ。
『……その、すみませんでした。つい…』
『あ、いえ…俺も…』
ついうっかり殊勝に謝ってしまった。まあ確かに、クリスマスを一緒に過ごしたいと思えるほどベタ惚れしている相手がいる前で、クリスマスは苦行だと言うのは贅沢以外の何物でもないわな、うん、と自分の身に降りかかった災難をやり過ごそうとする。
しかしこの世は無情なものだということを俺は次の瞬間突き付けられることになる。
気が付けば上司を始めとした俺たち以外の人間はきれいさっぱりといなくなっており、テーブルの上には走り書きされたナプキンと夏目漱石さんが六人程鎮座していた。

”後は頼んだ。会計はお前たちの分も済ませておいた。これ世話料な(タクシー代含む)”

という無情な一文と共に。

***
「おいぃ~、きいてんのかぁ?」
「は、はい、聞いてます」
「おぅ、そうかもっと聞きたいかぁ~」
「いえ、もうおなかいっぱ「あ゛あ? おれのろうまをおなかいっぱい食いたいとかおまえあしたのあさひをおがめるとおもうなよ?」

そんなわけで俺はただっぴろい空間にすっかり恋人欠乏症となった頼田から散々にいかに自分の恋人が素晴らくて可愛くて綺麗でおっぱいがデカくて色っぽくて…という惚気とクリスマスを共に過ごせなかったという自分の不甲斐なさという愚痴に延々と付き合わされる羽目になる。
と言うかいくら骨抜きにされているとはいえ、そんなにべた褒めするほど見た目が綺麗な人間がこの世にいるのか?と、すでに3回はループしている話題を右から左に聞き流しながら俺は手酌でビールを注いでいた。
ちなみに頼田は止める間もなくがっぱがっぱとウーロンハイを飲んでいる。ウーロンが7割でハイボールが3割なので度数はかなり低いがそれでこんなに酔っぱらっているということは、さっきはかなりのペースで飲んでいたってことか?
やがて話し尽くすだけ話し尽くして気が済んだのか酒のせいかは定かではないが、テーブルの上に頼田は突っ伏してしまった。一応出張組ということで帰る場所は同じだが部屋の号数を聞いていなかったなと、彼を揺り起こそうと手を伸ばした時。
今度は軽快な着信音ががらんとした空間に鳴り響いた。
思わずスマホを確認するが何の変化もない。…ということは頼田のか。
だが頼田はバイブレーションと共に鳴っているスマホに気づくことはなくすやすやと眠りこけている。
「頼田ー、電話だぞー」
「んー?」
少々幼さの残る声でむずかるように顔をしかめるも起きる気配は全くない。それどころか、小さく『どぅま……』と呟く声と共に見せた表情が存外あどけなさすぎて思わず俺はドキリとしてしまう。
……いやいやいや、待て待て待て。
睫の量と髪の色でパッと見中世的に見えるがこいつは間違いなく男だし、俺も割と酔っている。今のはノーカン、気の迷いだと自分に言い聞かせている間も、着信音は止まる気配はないし、頼田も起きるそぶりもない。
ここまでかけてくるということはよほど火急の件なのだろう。もしかしたら頼田も思いもよらない事態なのかもしれないと、俺はほんの少しおせっかいを焼いてズボンポケットから零れ落ちているスマホを拾い上げて通話ボタンを押した。
『あ、やっと出たんだね猗窩座殿』
聞こえてきた声は耳障りの良い滑らかな男の声だった。猗窩座殿とは頼田のことだろうか。しかしこの令和にずいぶん古風な呼び方をするなとこの時の俺は思っていた。
『ん? 猗窩座殿ー? もしもーし?』
反応が遅れたことで無言のままでいるこちらの様子が気になったようで相手は更なる応答を試みる。
「あ、すみません」
『あれ? 猗窩座殿じゃない??』
「自分頼田さんではなくて同僚なんですが」
無難な声で自分はあくまで居合わせただけの同僚だということを俺は伝えた。何度も言う。俺も酔っぱらっていた。

だから、だから…!

「頼田さんなら俺の隣で寝てますよ」

こんな誤解を招くような台詞を、相手が誰なのかも確認せず、何の疑問も持つことなく言えてしまったんだ!!

『……………………………………』
不意に電話の向こうに静寂が訪れる。もしかして混線しているのかと思って更に言葉を紡いだ俺を本気でシバき倒したい。
「あ、だから頼田さんは俺の横で酔っぱらって寝てて」
『……猗窩座殿に何をした…?』
「は…? っ!?!?」
電話向こうから聞こえてきたのはまさに絶対零度の声音だった。先ほどの頼田の声など比ではないほどの。
『…猗窩座殿が、何だって…? もう一回聞くからちゃんと答えて』
ぞわり、と背筋どころか冗談抜きでケツの穴にツララをぶち込まれた感覚に襲われた。もう一度ちゃんと答えてと言われているのだから答えなければならないだろう。しかしまた同じことを答えれば本当に明日の朝日は拝めなくなると、俺の本能が警告を出している。
”蛇に睨まれた蛙”とはまさにこのことを言うのだろうかと再び走馬灯が頭をよぎった瞬間、俺の手からものすごい勢いでスマホがひったくられた。
「もしもし? 童磨か?」
先ほどの泥酔状態はどこ行った!? とツッコミたくなるような変わり身の早さでシャキッと起きている頼田の姿に俺は思わず宇宙を召喚する。
ん? どうま?
どうまってさっき散々頼田が惚気ていた恋人のことだよな?
でもって、電話の向こうから絶対零度を発してきた男がどうまなんだよな?

あっ(察し)

『っ、猗窩座殿!? 猗窩座殿だよね!?!? 大丈夫!?何もされていない??』
通話の音量が大きすぎるのか、俺にまで届いているその声。なるほど、頼田はこれを聞いて目を覚ましたわけか。
…ってああああああああ!!!!俺という奴はアアアアアアアアア!!!!!と、次の瞬間自分の失言に頭を抱える羽目になった。
頼田が惚気ていた”どうまさん”が男である驚きは一度脇に置いておくとして、恋人に電話をしたら見知らぬ男が出る…のは辛うじて100000000歩譲って許容範囲内だとしても、後の台詞は完全にアウトだ。地雷を力強くためらいなく踏んだと言っても過言ではない。よくよく考えたら当然のことだ。
頼む、俺には愛すべき恋人がいるんだ。色々と誤解を解いてくれという俺の祈りが通じたのか、頼田は先ほどぐだっていたとは思えないほど凛々しい顔つきで”どうまさん”にこう言ってのけた。
「馬鹿だな、俺が不覚を取るはずがないだろう?」
いや、お前思いっきりウーロンハイに不覚を取っていただろうとは言いません黙ってますすみません睨まないで蛇に睨まれた蛙TAKE2かおっかねえよすんません。
『…なら良かった…。用心しておくれよ猗窩座殿。あなたはとても魅力的なんだから……』
何と言うかすみませんでしたどうまさん。
「それをお前が言うか? お前こそ不埒な輩に気を付けろよ」
『もー、俺は本当に心配しているんだぜ? 今だって、…』
声のトーンが下がるのが分かる。本当に心配していたのだろうというのがありありと伝わってくる。そのきっかけになったのが俺というのもなんとも複雑な話だ。
「ああ、悪かった。お前がいない週末は久しぶりだからな…、お前の変わりに酒に溺れてしまったのだ」
…何だろう、息をするように口説き文句がスラスラ出ている。すげえ。お前コミュ障じゃなかったんだなスパダリじゃねえか。そして”どうまさん”のいない週末は久しぶりって、どんだけ彼に惚れ抜いているんだ?
と言うかどうまさんもどうまさんで、第一声が「浮気してた!?」とならないあたり頼田を心から信頼しているのが伝わってくる。

先ほどの冬将軍が幅を利かせていたのが嘘のように、この空間は春の陽だまりのような温かさと甘さに満ちている。むしろこのままいけば常夏レベルの熱さになること必須だ。

とにもかくにも酔いが覚めたのなら俺はここにいる必要はないだろう。上司たちが置いていった世話料は二人分のタクシー代で十分事足りる金額だったので、俺は頼田に先に戻るとジェスチャーをし、頷いたのを確認してから迷惑料も兼ねて少し多めにお金を拝借をし、店を後にした。

通りを走っているタクシーを捕まえて、後部座席で揺られながら俺は恋人のことを考えた。
なんだかんだで長く一緒にいてぬるま湯のような関係になってはいたが、死ぬかと思った走馬灯で浮かんだのはまぎれもないあいつの顔だ。
そして頼田が電話で”どうまさん”と話している顔を見て、ああ、確かにあんな頃もあったんだなぁと思い返すことができた。あそこまで深く想い合えるような二人になりたいという気持ちを抱いていた頃を。
幸い明日は休みだし久しぶりに電話をかけるのも悪くないなと思いながら、俺は酒精に任せて座り心地の悦いシートに深く身体を寄りかからせた。

翌日我に返った頼田からこれでもかという程謝り倒され、たっぷりとこちらからも口止め料…一か月分の昼食代を半ば強引におごられる羽目になった。
こういう融通の利かない義理堅いところもなんだかんだで憎めないなと思いながら、途中からは素直にそのお詫びに肖ることにした。

余談ではあるがこの夜の騒ぎをきっかけに、恋人との生温い関係を見直した俺はひたすら愛と感謝と気持ちを伝え続け、一年後に彼女とゴールインした。更に余談ではあるが、これを機にクリスマスをまたいでの出張や残業は改められることとなり、頼田は不名誉ながらも”愛のブーゲンビリア”という二つ名を持つ伝説の(キューピッド)として語り継がれていくことも付け加えておく。

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