「なあ、冬はここにいかないか?」
「んー?」
夏の暑さも鳴りを潜め、少しずつ秋に変わっていく夜長。一緒にリビングのソファーに座りスマホを弄っていた猗窩座が隣で緑茶を啜っていた童磨に声をかける。
「え、なになに?」
「これだこれ」
「あ! 雪まつりステージショー?!」
突き出されたスマホの画面には、来年の冬に開催されることが決定した北の国の一大祭りとも言える雪と氷の祭典の静画が映っている。秋の予定を吹っ飛ばしていきなり冬の旅行の計画を立てる猗窩座を唐突だとは童磨は思わない。何故ならすでに航空チケットサイトや旅行サイトでは雪まつりに向けたパックツアーやプランも用意されているので、もたもたしていたらあっという間に予約で埋まってしまうため善は急げで行動する方が丁度いいのだ。
「そうだ。なんだかんだ言って行ってなかったよな?」
「あはは、そう言えばそうだよね! これぞ目玉といえるくらいの大イベントなのに」
二人でそう言いながら笑い合う。二月の北の大地は一番寒い時期であり、道外から来る人々は重装備が必須だ。防寒用の分厚いコートにマフラー手袋は勿論、歩きづらい雪道用のためのシューズ。そして晴れた日は意外に気温が上がるのでハンドタオル等々。更に言えば北の政令都市の東の街にあるコミュニティドームではスノーラフトや滑り台などのアトラクション、この政令指定都市のオアシスとも言える公園の一丁目で行われるウインタースポーツ体験コーナーを楽しむ場合はスキーウェアやスノーボードウェアも必須になる。
一泊でも大荷物になることは必須だがそれもまた良し。かつての同僚の口癖を二人同時に思い浮かべながら、ウキウキと雪まつり会場の特設ページを眺めていく。
雪で作ったとは思えないほどに精巧な作りの雪像が並ぶ街中の自然公園。美味しそうな北の大地のグルメが勢ぞろいした軒を連ねる屋台。思わず口の中に涎がたまりそうになりながらキラキラした顔でそれらを眺める童磨に、涎垂れているぞと揶揄い交じりに言えば、ハッとして口元を抑える姿が愛らしくて猗窩座は笑う。昼と夜では全く違う雪像の風景も見ごたえがありそうだし、更に言えば歓楽街のエリアでは『氷を楽しむ』というコンセプトの元、様々な氷像が美しく立ち並ぶという。俺も血鬼術が使えたら氷彫刻部門に参加できたかなと童磨が言えば、その細腕でチェーンソーを振り回せるのか? と返した猗窩座に、猗窩座殿も一緒に作って♡と童磨が強請り、仕方がないなと再び笑いながら返答する。
そんな風にほのぼのしながら雪まつりのステージショーの内容もチェックしていく。毎年ステージのデザインは違っていてその年に流行った物や話題になったを取り入れる傾向にあり、これまでには某国の大聖堂を始めとした建造物や、アメリカでの超有名なスペースオペラシリーズや日本を代表するゲーム、また日本発祥のバーチャルアイドルをかたどったキャラものの大雪像も展示され大きな話題になったのだという。来年のステージのデザインはまだ未定ではあるが、それは近くなってからまた確かめればいいということで二人の意見は落ち着いた。そしてショーの内容は雪と氷を使ったマジックであり、元々雪と氷に馴染みのある〝昔〟を持つ二人は即これは絶対に見てみようと満場一致で合意した。
「決まりだな。俺の血鬼術より見ごたえがあるかどうか見ごろだな…」
「うん、今の奇術と〝昔〟の俺たちの血鬼術、どっちが上だろうね」
ワクワクするなぁと言いながら、童磨は猗窩座の端末をタップし、雪まつりステージショーへの申し込みページを開く。
「申し込みは…あ、ここかな?」
「だな」
スクロールしながら利用規約に目を通し、同意するのボタンを押して次のページに進むとステージショーの値段がでかでかと書かれている項目が目に入った。
「一人1600円で二人で3200円かぁ~。まあまあな値段だね」
「だな、じゃ申し込むぞ」
「うん」
ピッタリと身を寄せ合い、各個人情報を記入した後、申し込みボタンを押したその時だった。
ぱた、ぱたた…
突如、二人が目にしていた端末に熱い水滴が滴り落ちたのだ。
「……」
「……」
何事かと思いながら二人同時に互いの顔を見合わせる。するとそこには涙雨に濡れた虹と向日葵があった。
「え、…あれ? ごめん、猗窩座殿…おれ、なんだか急に…」
ぼろぼろと涙を零す童磨に、猗窩座も涙を流しながら小さく首を振る。
「きに、するな…っ、俺も…」
互いが互いにただただほとほとと涙を流すという状況に混乱しながらも、二人はお互いを慰めようとする。だがそうすることは叶わなない。
「ひぐっ…、へん、なの…っ! おれ、おれ…あなたと一緒に雪まつりに行けるって思ったら…涙が…っ」
しゃくりあげながら言葉を繋ぐ童磨に釣られるように猗窩座の目からもボダボダと涙が零れ落ちていく。
「っ、奇遇。だな…、っく…っ、俺も、お前と雪まつりショーに行けると思、ったら…っ」
懸命に嗚咽を零すまいと歯を食いしばる猗窩座の頭を童磨はぎゅっと抱きしめて自分の肩口に寄せていき、猗窩座も童磨の白橡の頭髪に手を乗せてそのまま泣いてもいいと無言のまま訴える。
「ひぅっ、ぅ、ぅっ~~~~~~!」
「うぐっ…っ、ふ、っ、く……ぅぅぅ…っ!」
ソファの上で声を噛み殺しながら泣きじゃくる二人は、訳が分からないままひたすら涙を流す。
悲しい? 悔しい? 何だろう。
「あ、がざどの…っ、あかざどのぉ…っ!」
「どうま…っ、どうまぁ…!」
涙を零せば零すほど互いから離れがたくなる。
今、この手を離せば二度と出会えなくなりそうで。
幸せそうに笑う顔を二度と見ることができない、そんな強烈な焦燥感に駆られた二人は互いが互いを手加減しないほどに抱きしめながら、ひたすら相手の名前を呼びながら、ぼろぼろと泣きじゃくっていた。
お互い気が済むまで泣き合って数分後、ようやく落ち着いてきた二人が顔を見合わせると、瞼を腫らした互いの姿がそこにあった。
「……」
「……」
どうしてあんなに涙腺が刺激されたのか分からない。
他愛もない話をして一緒に雪まつりに行こうと計画をして、入金して、それで…。
「っ…」
そこまで思った時、再び童磨の目に涙がせりあがってくる。
今、確かに猗窩座殿はここにいる。なのにどうして彼が、双子の兄の狛治殿の思春期時代のかりそめの姿だなんて強く思ってしまったのだろうか。
「っ、これ以上、泣くな…、お願いだ、泣かないでくれ」
そういう猗窩座の方も目元に涙が浮かび上がっている。
同じように彼もまた入金を確認したときに、心がもがれるような感覚を覚えたのだ。
もしかしたら自分は生きていること自体がイレギュラーではないか。
あのまま地獄で消滅していたのが筋ではないか。
その方がすべて丸く収まったのではないか、そう思えてならないのだ。
「猗窩座殿…」
そっと童磨の指先が猗窩座の目元に触れる。熱い雫を指先に感じ、ああ、確かに彼がここにいる、生きてくれている、少しずつだけどその実感がひたひたと湧き上がり胸を浸していく。
「なん、だ…っ」
涙で声が詰まる。こんなにも優しく触れてくれる存在が傍に居る。それは当たり前に感じて享受し続けてきたものだったが、かけがえのない奇跡だと、とくとくと胸の中に注がれていく。
「今生でも…、俺と出会ってくれて…ありがとう…っ」
拭った先から再びしとどに溢れてくる水滴が童磨の指を濡らす。そして童磨もまた愛する者の頼みなら聞いてやりたいのはやまやまなのに、新たな雫が零れ落ちるのを止められなかった。
「それ、は……っ! こちらの台詞だ…っ!」
こつん、と猗窩座は自分の額を童磨の額に押し当てる。二度と童磨から離れたくない。離さない。この奇蹟そのものの時間をこれから先ずっと大事にしていくと、胸の中に突き上げてきた得体のしれない感情に支配されたからこそ、そう強く願う。
お互いが吐く涙交じりの吐息の熱さを感じながら猗窩座も言葉を紡ぐ。
「どうま………」
「なんだい……?」
涙雨で濡れそぼつ虹色が優しく笑いかけてくる。いつでも己の側で笑っていて欲しい。抱きしめ合わせて欲しい。〝幸せ〟でいて欲しい。
だから、今、心を込めて。
「俺を、受け入れてくれて…、待っていてくれて…ありがとうな…」
「ふふ、それを言うなら…、俺も同じ気持ちだよ…っ」
ぼたぼた
ぼたぼたぼた
また新たに虹と向日葵から透明な泥流が流れ出す。
ずっとずっとそばに居たい。
一緒に居られて幸せだ。
誰よりも彼を愛している。
そう自覚すれば自覚するほど、二人の目から溢れてくる滝のような熱い雫。
「変なの…、幸せなのに…っ、胸がきゅうきゅうする…」
「俺も…、お前といられて幸せなのに…っ、どうして…っ」
何度も何度もお互いが大切だという心からの言葉を紡いでも、涙は枯れることはなく。
その日、ずっと、二人はただただ互いの存在が消えぬよう、手放さないよう、繋ぎとめるようにきつく固く抱き合い続けていた。
3200円の金額が収められたことを示す画面はスクリーンセーバーによりとっくに表示されなくなっていたが、真っ暗になった画面に不意に薄紫色のスーツを着た白橡の頭髪の青年の姿が一瞬過ったことに、猗窩座と童磨は気付かなかった。
最強ジャンプの最新キメ学読んで、気の狂った猗窩童クラスタの私はあまりの供給に脳内狂喜大乱舞です(ノД`)・゜・。
雪まつりステージショーチケット合計3200円がガッツリ脳みそに突き刺さって今でも戻ってこられません\(^0^)/
ちなみにタイトルは要約すると『世界があなたを連れ去った』という意味で、これはホカキメ学軸では座という存在がそもそも狛治と同一人物であるため、座という個人はいないことを示唆しています。
二人がギャン泣きしていたのはそれを感じ取ったからです。
この話自体は9月7日前後にできてたのですが、色々ネタが浮かんだのとか諸々あってアップするのがなんとなくずるずる後伸ばしになっていたんですよね。
この時点では雪まつり開催されるか分かりませんでしたし、去年と同じオンラインでの開催かなーと思っていたのですが、今朝になって三年ぶりに雪まつりの開催のニュースが飛び込んできて、それでこの話を今日アップしようと決意しました!
いやぁこの日のためにアップを見送るように脳内の猗窩童が必死にぶれーきかけていたんだなと凄く腑に落ちまくりましたわwww
来年の大雪像はまだ未定ですが、個人的には現在工事中の蓮がたくさん咲く池が見事なアメリカ風ネオ・バロック様式の建築の赤レンガの建物だといいなぁ♪
※ちなみに飲食ブースと東のコミュニティドームでの開催は見送られることになりましたが、この作品では普通に開催されるように書いています。あくまでこの話はフィクションです。
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